2010年4月アーカイブ

ワンダーランド桂離宮

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桂離宮を訪れた。前回は冬に訪問、今回は新しい緑の季節の訪問となった。

 

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離宮の細部にある小さき意匠の数々に

「あ、これ家にも欲しい」とか「かわいい」と下世話にうっとりしつつ、

宮内庁職員の方の説明とともに1時間の離宮内ツアー。

 

「この離宮はお庭全体がすぐには見渡せないようになっており、

点在する茶室に移動した時に初めて見える光景を楽しめるようになっています。」

「この茶室の待合い前にある飛び石は切石と自然石を組み合わせることで、

 切石ではこれから案内される茶室に続く緊張感を盛り上げつつ、

  自然石ではくつろいでほしい気持ちを表現しています」

「軌道の低い夏の月が、手水鉢にはった水にうつりこむのを楽しめるように、

 石が配されています」 

 

当時は珍しかったらしい蘇鉄、山を模した頂にある茶室前の躑躅を見つつ、

洋服姿の私には歩幅の小さい飛び石にリズムを合わせて歩いていると、

なにやら妙な気分になってきた。 

 

次は何に出会うだろうとどきどきしながら歩くこの感じ、

しつらえにいちいち感心しながら過ごすこの一瞬、

USJやディズニーランドに似てる。

月を愛でる、四季を感じる目的で、

実際の自然風景とは明らかに違うが、

自然を模して完全につくりこまれたミクロコスモス。

USJで出会うのは、映画の世界とは明らかに違うが、

ジュラシックパークを模してつくりこまれたミクロコスモス。

やっぱり同じかしら?  

 

ただ、USJでジョーズや恐竜が登場しない日は、おそらくない。

が、この離宮ではどんなに月を愛でようとつくりこんでいても、

雨が降って月が出ない日もある。 仕方ない。

いや、ワンダーランド桂離宮では

「出会えない」ことさえミクロコスモスに埋め込むことが

月に出会えた時間を濃くする演出に違いない。 

 

織り込みずみもいいけれど、「その先予測不可能」が

ワンダーランドだと、近頃思うのである。

数十年も生きる経験を積むと、予測可能な自分の感覚に飽きてくる。

「その先予測不可能」を求める私は、

自分一人では成長できなくなった年寄りということだな、きっと。

39

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先週末に1つ歳が増えました。

いただいたメッセージのなかに「サンキューおめでとう」というタイトルのお祝いメール。

「ありがとう、おめでとう」って、なぁに?と思いきや、そうそう、私は39歳。忘れてました。

ありがとう、思い出させてくれて。不惑前の1年は、感謝の歳ですね。

生きる気満々

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近頃友人の第二子出産ラッシュ。昨日、先週末に誕生した新生児に会いに行った。

生後6日目の新生児、胸を大きく上下させて身体全体で空気を吸い込み、全身を真っ赤にして不細工顔になるのを無視して伸びをして、おなかがすいたら大泣きして食べ物(飲み物)を要求する。要するに、「生きる気満々」である。

ママは、帝王切開の傷をかばいつつ、生きる気満々の新生児のお世話で首から腰までバリバリ。

理由なんてないけれど、生きる気満々の姿を見ると、うれしくなる。

なんてことはない、ただそれだけなんだけど。

マダム「スーパー通訳」

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スーパー通訳の宇野さんと、ときどきお会いする機会がある。宇野さん率いるGSS(グローバルソリューションサービス)と伝耕で、新しいことができればいいねと画策中なので、近頃はその頻度は高い。宇野さんはきれいに口紅をひいたお人形さんのような風貌で、ある時はお袖が鱗、ある時は金襴緞子の帯を纏って登場するが、この日はきらきら光る豹で登場。おっと、「人形」といって誤解を招くかもしれないが、単位時間あたりの「ことば数」、半端じゃなく多いのが宇野さんの大事な特徴の1つである。

フォーカスグループインタビューの時に通訳をお願いすると、対象者別にまるで七色の声を使い分けるように対象者になりきる宇野さん。インタビュー開始時に通訳が必要な外国の方が来ていなくとも、「ウォーミングアップ、ウォーミングアップ!」と言いながら、ミラールームで一人通訳芝居が開幕している。実は「ウォーミングアップ」目的だけでなく、対象者ごとに、どんな癖のある日本語を話すのか=対象者自身が、ある商品についての自分の立ち位置(態度)をどの程度認識して話しているかを、限られた時間のなかで、目一杯理解しようとする宇野さんの職業意識に違いない。

宇野さんの仕事ぶりを傍らで見ていると、ホントにおもしろい。失礼、発見があるのだ。宇野さん曰く、通訳はことばを日本語から英語に置き換えるのではなく、わかりやすく英語で伝えるのが仕事。ゆえに「さらさら」ということばを対象者が使った場合、単純にことばの置き換えならば「dry」だが、発せられた「さらさら」の文脈が、お砂糖の「さらさら」なのか、髪の毛の「さらさら」なのかによって、異なる訳となる。例えば、砂糖なら「dry」だけでOK、髪の毛なら「flowingly smooth」。なるほど、特に通訳の必要ない日本人にとっても、さらさらの意味を再確認できるいい機会となる。こんな感じで文脈に応じてことばを辞書的に置き換えるのではなく、つくりだす宇野さん。かつて「あなたはTranslatorではなくて”Transcreater”ね」と言われたことがあるらしい。わかるわかる、宇野さんは対象者の発することばを紡いで、聞き手にもっとも伝わりやすい「対象者物語」を語っているのだ。FGIではインタビュールーム内にいる機会が多いので、なかなか宇野美奈子一人芝居を鑑賞する機会はないが、ぜひ一度じっくり鑑賞してみたいものである。きっと私にもいっぱい発見を与えてくれるから。

また、宇野さんの職場(通訳が必要な場:マーケティングリサーチの現場)では、宇野さんの「Transcreate」を必要とするEnglish Speakerは数の上では完全にマイノリティ。往々にして言葉でのコミュニケーションを第一義的に考える(にも関わらず日本語を話さない)彼らは、その状況だけで非常に孤独な存在である。宇野さんはそんな彼らが孤独を感じなくてすむように、日本語で対象者が発した言葉を、日本人が聞いたのと同程度に彼らが理解できるように伝えるのが「お仕事」。そのためには通常の通訳に加え、合間にそのことばについての解説が入ることも。来日が初めての方には「"Bathroom"といっても日本のお風呂はトイレとは別なんだよ」とか・・・。単位時間あたりのことば数の多い宇野さんならではの芸当だよな。

宇野さんは、通訳者も含めて「マーケティングを担当するチームメンバーである」と相互に認識してもらうことが、インタビュー結果を効果的にマーケティングに用いる最短ルートだと話す。宇野さんが紡いだ物語の解釈が、その場にいた他の日本人の人と違っている事を指摘されたとしても、気にしない。むしろ、認識の違いを俎上に載せることで、共有されるべき認識が何であるのかについての理解を深くするので、ありがたいと。ホント、その通りだな、と思う。私たちが実施するアイデア創出セミナーに、5人のメンバーが集まったとする。そこで出されるアイデアは、5人の個別のアイデアの総和ではなく、相互にコミュニケーションすることで生まれる新しい認識やアイデアである。「あなたと私の考えは同じだよね」と安心して終了、となるよりも、違いをきっかけにありとあらゆる角度からコミュニケーションすることで、次第に対象の像が明確になるという確信がある。ゆえに「その認識、私のと違わない?」と問われても気にしない。結果、クライアントが必要な問題の像は明確になるから。

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1時間30分ほどの時間は、目一杯のことばで埋まり、きらきら光るお菓子をおみやげに残し、きらきら光る豹は去っていった。また近いうちにね!

4月の魚

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4月1日は、四月馬鹿、エイプリルフール、poisson d'avril 万愚説。何を仕込もうか、毎年小さな攻防を繰り広げる。

去年は4月1日であることをすっかり忘れた時にしかけられた。つかみ合いのけんかをして待ち合わせに遅れると言われ、本気で心配していたら、待ち合わせ場所に涼しい顔で登場。「しまった!」と思ってもあとの祭り、完敗です。

さて1年後の昨日。

朝から「喧嘩した」メールがやってきた。ふふふっ、「その手は桑名の焼き蛤」である。しかも、2度に分けたメールで喧嘩の様子を実況解説。力入ってますけど、ばれてますよん。去年と同じパターンやし、ふだんそんなに力説しないやん。

ちなみに、私の4月の魚は、「満開の桜の枝が無惨にも折られていてかなしい」でした。だまされた方ごめんなさい。けれど、小さくガッツポーズ!4月1日だけだから許してね。