2010年2月アーカイブ

もけもけ

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iguちゃんと一緒に法然院界隈を散歩。法然院の山門の屋根に敷き詰められたみどりの苔(西道のブログに遠目からの写真あり)を見て、「いや、もけもけですね、コレ」。

もけもけ?

もこもこでも、ふわふわでも、もさもさでも、ばさばさでもでもなく、もけもけ?

そういえば、伝紋wsチームメンバーはじめ20代の人と話すと、時々「もけもけ」って言ってる。

もけもけという語感だけを1970年代生まれの私が聞くと、「柔らかい形状のものだが、ふわふわのように優しい感触とカワイさだけでなく、なにやらちょっと不細工」と少しばかり否定的な印象を受ける。がしかし、若者たちの用法を聞いていると、もけもけなるものにそこはかとない愛情を感じている様子。

うーん、何となくはわかるけど、「これが、もけもけ」とは断言できない。

法然院を後にして、歩きながら、iguちゃんに、「これはもけもけ?」「これは?」「あれ、もけもけじゃない?」ともけもけ問答。

・地面から生えた竜のひげは、もけもけじゃないらしい。

・地面にびっしりの苔は、もけもけじゃないらしい。

・生け垣に使われていた貝塚いぶきも、もけもけじゃないらしい。

・タオルの中には、もけもけのものがあるらしい。

・毛足の長いコートの中にも、もけもけのものがあるらしい。

ちょっとわかってきたような。

そもそも、人形が好きではない母の影響で、ぬいぐるみというものがほとんど家になく、当時の流行だったモダンリビングという名のもとに、新しくて装飾や凹凸の感触がない家で育った私にはその手の感触についての語彙が少ない。

中学・高校の頃、「おばシャツ」ということばは、「おばちゃんっぽいシャツだけど機能的にはイケテルやん、ダッサイのはわかっているから、とりあえず「おばちゃん」の部分は笑いに落としておこう」と感じた自分たちがつくりだし、流行らせたことばだと信じていた。もちろん、大人になると、そんなのただの勘違いで、おばシャツを若者が「買い!」と思って着ることに対する同時発生的な反応に過ぎないことに気づくのだが・・・。 「もけもけ」を感覚的に識別できない私は「もけもけ」の空気感の外。まぁ、はっきりいうと、若者の感覚とは明確にずれているということですね(笑)。 仕方がない、これは外国語を学ぶように「もけもけ」を学ぶしかない。

というわけで、iguちゃんとのもけもけ問答で進んだ私のなかの分節化、暫定ですが、こんな感じです。

もけもけとは、毛足が少し長いように見えて(おそらく2~3㎝)、あちこちに向いてまっすぐに生えそろっておらず、そして、触るとふわふわに似た優しい感触が想像できるが、毛は細すぎず柔らかすぎないもの。

さらなる分節化を目指し、「いや、これは違うだろ?」はぜひご指摘ください。

天王寺界隈

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ふとフリーペーパーを手に取ると、大坂夏の陣についての記述。

「天王寺駅ビル(ステーションビル)付近から突撃してきた本多忠朝隊8000は・・・」。アスファルトの阿倍野筋を南から、ステーションビルの横を抜けて、鎧兜姿の軍勢が大挙してくる姿が目に浮かんで、まったく知らぬ「本多忠朝さん」のことを知りたくなった。 本多忠朝さんと私をつなげてくれたフリーペーパーに感謝。

現在、天王寺から四天王寺界隈にて伝耕の基地となる場所を物色中。奈良で、聖徳太子さんの姿や中将姫さんの姿を見かけたように、本多忠朝さんはじめ、この地に縁のある方々ともお友達になれるかしら? (写真は基地物色中の伝耕チーム)

基地物色中.JPG

機内アナウンス

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大阪と東京の往復にはほぼ飛行機を使っている。ちなみに、私は乗り合いバスとして飛行機を位置づけるお客さんが多く、客室乗務員さんがそれにふさわしい応対(丁寧すぎない)をしてくれるので、どちらかというとJAL派。機内はほとんで寝ている私は、飛行機の揺れはゆりかご代わりで好きだし、着陸直前の大揺れもちょっとしたジェットコースター感覚で好き。特に離着陸時は揺れることが多いので、不謹慎だが「揺れよ、来い」とか「今日の揺れはいかほどか」と待ち遠しく身構えることが多い。

で、昨日の東京出張からの帰り道、低気圧と雪雲で飛行機は睡魔を誘う揺れ具合。着陸時にも揺れが予想されるようで、機内サービスも急ぎ足。

通常、着陸前のアナウンスは、「間もなく着陸に備えてベルト着用サインが点灯しますので、化粧室をお使いの方はおはやめにどうぞ」。 このアナウンスが強い語調の時は揺れが大きいこと=ジェットコースター感覚を楽しめそうだと期待アップ。 その後、しばらくするとピンポン!の音とともに、「ただいまベルト着用サインが点灯しました。お使いになった座席の背、足置き、テーブルを元の位置にお戻しください」というアナウンス。これに「機長の指示により客室乗務員も着席いたします。ベルトをお締めかどうか、座席の背、足置き、テーブルが元の位置に戻っているかどうか、お客様ご自身でお確かめください。揺れましても運行の安全は問題ありません」が加わると、強い揺れの序章である確率が高く、私の期待度もアップ。 さらにしばらくすると、揺れが始まるかどうかのタイミングで、「到着地○○の天候は曇り、気温は摂氏○度です」と、到着地の情報のアナウンス。

昨日は客室乗務員着席指示のアナウンスのあと、到着地情報のアナウンスがなかった。と、なぜか、いつもはジェットコースターを楽しむ私の身体は少し緊張気味。「飛行機事故の確率は交通事故よりも低いから安全」と、いつも確率の話をしてくれる父や友人の話を、今日は身体のどこかで疑っている。「いやいや、いつもの羽田-伊丹でしょ」とあらためて思いなおしても、床の足と座面の腰は力が入ったまま。飛行機は怖くないんだけど、ね。

伊丹に到着し、いつもの18番スポットから手荷物検査場まで歩きながら、「ああ、関西に帰ってきた」と思った瞬間、力がするすると抜けていく。するするする・・・の感覚、機内で「到着地伊丹(羽田)の天候は」と到着地アナウンスをされた時の力の抜け具合と同じかも。この日のフライト、着陸時にはそれなりに揺れたものの、いつものようにジェットコースター感覚を楽しめなかったのは、到着地情報のアナウンスがなかったせいだよな。

JALの客室乗務員のみなさま、せっかくのジェットコースター感覚の機内をリラックス気分で楽しむ私のために、揺れが予想される時は、注意事項だけではなく、到着地情報をお願いします!聞いてるだけで、あ、無事に到着するのねと、身体がどこかで理解するので。

ぽん酢遊び

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おかがみさんに飾るだけと思っていた橙がたくさん手に入ったので、ぽん酢をつくってみた。 橙を搾ってお醤油と昆布を入れるだけの簡単なこと。

橙を搾った果汁に指を入れてなめてみたら、くせのない酸味にほんの少しだけ甘みを感じられて、柑橘類の割に意外と繊細味。家にある3種類の醤油のうち、どれがこの繊細味の橙に合うかを想像したら、発酵味の控えめな薄口醤油が浮かんできた。できあがったぽん酢は、白身のお刺身にぴったり。 しばらくは白身のお刺身頻度が高くなった。 しばらく冷蔵庫にねかせていると、酸味と甘みと醤油と昆布のばらばらがうまくとけあって、豚肉や鶏肉の鍋にぴったりの味に変化した。

今度は、庭になった柚子の実を落とさないと木が弱るからと、瓶に入った柚子の果汁をいただいた。 そうだ、ぽん酢をつくろう、今度はもっと簡単なはず、果汁とお醤油と昆布を入れるだけだから。

柚子の果汁をスプーンに入れてなめてみたら、苦みが勝ったすっぱいパンチ味。このパンチに発酵味の濃い醤油を合わせると焼いたお肉に合いそうだけれど、家にある奈良の醤油だと発酵味が足りない・・・。少しみりんを入れたらどうなるかしら? かつお出汁の方がいい? 柚子の果汁は、新しい醤油待ちで冷蔵庫に眠ったまま、時々塩ぽん酢として食卓に登場するが、これはこれで油で焼いた鶏肉にぴったり。

味の組み合わせを想像するだけで楽しいぽん酢づくり、しばし遊べそう。 なので、単に「食い意地張ってるだけやん」という声には耳を貸さないでおくとする。

白日夢

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近鉄特急に乗って名古屋へ。 結構な田舎に住んでいるのに、奈良三重の県境は「田舎」の景色を「乗り鉄」気分で楽しめる。 が、電車が進路を東から北へ大きく変える松阪を過ぎると、私が住む奈良界隈の景色と似ているので、車窓の景色は退屈になり、車中は移動の睡眠時間に。  

土と線路を踏む電車の音が橋を渡る音に変わり、目が覚めて車窓に目を遣ると、中州の草をかき分けて、ポインターが駆けている。 あれは25年前、わが家の飼い犬だったミーコ。 ミーコは水があまり好きではないはず、田圃でゲイラカイトを追いかけるのが好きなはず。 が、今日はミーコの後ろに猟銃を構えたおじさんが一緒。 えっ、ミーコは猟ができるの? 住宅地の横を流れる川の中州で猟なんかするの?

電車は、聞き慣れた土と線路を踏む音に逆戻り、景色は特にめずらしくもない地方の住宅地の風景。 しばらくすると駅舎を通過。  「桑名」。 そうか、「その手は桑名の焼き蛤」。 けど、いったい、誰に、何のためにつぶやくのか・・・。

名古屋まで、まだ少し時間はあるけど、降車支度を始めてみた。

店主の口癖

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とあるインドカレー店にて。

サンタナ.JPG

ほぼ満席の店内に入ろうとした私たちに、インドはオリッサという地からやってきた店主曰く「相席だけど、問題ない?」「はい、いいですよ」

席に案内された時、先客に、店主曰く「ここに案内しても、問題ない?(相席でもいいですか?)」先客すかさず「どうぞ、どうぞ」

「すみません、おじゃまします」と先客に挨拶した私たちに、店主曰く「いいよ、問題ない(気にしなくて大丈夫)」 え、店主がいうことかしら?

着席してメニューを見ている私たちに、店主曰く「問題ない?(機嫌良く座っている?メニューでわからないところない?)」「うん、大丈夫」

ランチセットだとお腹いっぱいになると思い、メニューをみながら「単品にしようかな」と思い悩んでいるところに、店主すかさずやってきて曰く「単品でも、問題ない(単品での注文も悪くないよ)」

「野菜カレーと、エビカレー、それにナンを1つ」と注文した私たちに、店主曰く「問題ない(野菜カレーと、エビカレーと、ナン1つね、了解)!」

スプーンとフォークをテーブルにセットする際、床にスプーンを落とした店主曰く「問題ない」 スプーン落とした位、確かに問題ないけど・・・

注文したカレーをナンと一緒に食べ始めた私たちに、店主曰く「問題ない?(おいしく食べてる?)」「はい、おいしい!」

スローに食をすすめる私に、店主曰く「問題ない?(食が進まないの?)」「ゆっくりやねん、ごめん・・・」「あぁ、問題ない(ゆっくり自分のペースで食べて)!」

食事を終えた私たちに、ラッシーを両手に持った店主曰く「これ、サービス、問題ない(ゆっくり召し上がれ)」

店を出るまでに、百回以上聞いたんじゃないかと思う「問題ない」。お客さんへの問いかけにも、自分の行動への問いかけにも使われる「問題ない」。 時にはやや強引とも思える向きも否めないが、文化を共有しない人々の間で、自ら周囲に働きかけるぞ!と決意表明のようにくり返される「問題ない」というおまじない、彼の口癖は世界に対峙する彼の態度に思えたのは私だけだろうか。 口癖おそるべし・・・。