2009年8月アーカイブ

河内音頭

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8月も20日を過ぎると、暑い季節が終わる、桃の季節が終わる、水にふれる機会が減る、休みが終わる、子ども科学電話相談が終わるなどなど、やや気持ちが沈みがちになる。なので、この時期、「まだ夏だよな、やっぱり」、と自分に言い聞かせるために、夏の名残を惜しむ小さな行事を企画することにしている。

今年は、河内音頭。八尾の常光寺さんは、新旧の河内音頭が両方楽しめる、中河内の由緒正しきお寺さん、私にとってはちょうど通勤途中の気軽な場所。

櫓前に着いた20時頃は優美でスローな旧=「正調」の時間。河内音頭シロウトの私が見ると、「正調」は、「おわら風の盆」みたく優美な踊り(あれ、奇しくも富山県八尾だな)に見える。シロウトが踊るには最適のスローペース、いかにも河内音頭歴50年以上と思われる藍の着物のおばさんの後ろにそっと滑り込む。大和盆地のドラえもん音頭で育った私は河内音頭は真似ないと踊れないので、前にいるひときわ優雅な河内音頭を披露している藍のおばさんだけを見ながら、周りを無視して、まるで自分が「藍」のおばちゃんほど踊れる気持ち(気持ちだけ)で1時間ほど、徐々にステップが身体になじんでくる。途中、歌い手が交替し、曲は「正調」から「新」へ。たぶん菊水丸さんのような曲は「新」だと思う。「新」はステップとステップの間にためをつくれるのと、リズムが強くなるところで身体を上に伸ばすところが、ヒップホップに似ている?1時間のお師匠さんだった藍のおばさん、ここで退場。少しお話したら、「私は正調を継承する立場だから・・・」とのこと、優美なはず。

今度は誰を師匠にしようかと周りを見ると、周囲は平均年齢50~60歳のおっちゃん・おばちゃん。白のスラックスに白のブラウス姿ですべての型を無視してるのに明らかに河内音頭を踊っているおっちゃん、黄色と青の浴衣でなぜか腰を異常に落として他の人の歩幅の2倍の動きで輪を縫いながら踊るおっちゃん、犬を抱きながら足だけでヒップホップを踊るおばちゃん。そこにぱらぱらと混ざる子どももいるが、ここでの主役は明らかに50歳以上のおっちゃん・おばちゃん。輪にまじる数人の「スタァ」以外も、みな数個ある踊りの型を、難なく、さりげなく踊っている。

どうみてもかっこよく見えるのはおっちゃん・おばちゃん。あー、おっちゃん・おばちゃんがかっこよく見える河内音頭のある地域で育ちたかったなぁ。と、言ってみても始まらないから、他にもかっこいいおっちゃん・おばちゃん探してみよう。もちろん、また「よそもん」として河内音頭も踊りに行くけれど。

山に登る。

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この数年間、お盆は関西の境界の地くらいまでのおでかけをして過ごしていたが、今年は「水平」ではなく「垂直」におでかけ。というわけで、どうせ「垂直」ならばと、大阪で一番高い山(金剛山、約1100m)に登ることにした。いっぽにほさんぽとすすめば、自然と登って下りてこられるのを体感、身体で感じる「やっほう!」で暑気払いをするのが今回の趣旨。私の住まいである奈良まで迎えに来てもらい、奈良県側の高天(高天ケ原)から登りはじめる。

頂上での「やっほう!」を盛り上げるためにクーラーにビールを入れて「登山口から約2時間、運動靴で登ることができる」という情報だけを頼りに歩を進めるが、この金剛山、私たちがとったルートは杉の植林がほとんどで景色はあまり楽しくない。 お盆の真っ最中だというのに、登山口で見かけたおじさん以外、人にも会わない。登山道に「頂上まで、あと○○m」という標識がないので、目標が見えなくてつらい。1年に1度きり、標高約500mの二上山にしか似而非登山者の私を最後に待ち受けていたのは、頂上直前の500段の木の階段。しかし、いっぽにほさんぽですすめば「やっほう!」とビールが待っているのを支えに頂上に到着。「やっほう!」

せっかくの「やっほう!」とビールを楽しむ眺めの良い場所を探して頂上付近をうろうろすると、大勢の登山客と大きな看板が目に入る。看板にはたくさんの人の名前と「4千回以上」のような数字。よーく見ると、この数字は金剛山への登山回数を示しているらしい。そして、一番大きい数は「1万回以上(???)」。1年365日毎日登ったとして1万回以上に届くには約30年。1万回以上この山に登ったことのある人に、日々の「やっほう」はあるんだろうか? 1回きりの500段の階段にめまいを感じた私にとって、1万回という数字は、さっき頂上についた時に感じた「やっほう!」を小さくしぼませるのに余りある天文学的数字だ。やれやれ。

金剛山には山を信仰しつつ身体を鍛える「金剛錬成会」というゆるやかな組織があり、そのコアな会員の多くは、週に数回、強者は毎日、金剛山に登り、登った成果は回数として大きな看板に掲示されるらしい。頂上付近にいると、1人で登ってきて、「やあ、こんにちは」と1人また1人と、グループに加わり、金剛山で起きた小さな事件(あのおじさんを最近は見かけないとか)や愛憎半ばする家族の愚痴などをとりとめもなく話しこんでいる。1000mの山で井戸端会議かぁ。

小さくしぼんだ「やっほう」を抱えつつ、お昼を食べる景色の良い場所を探し、クーラーからビールを取り出して、とにかく乾杯。神戸大阪堺一望の景色と冷たいビールで、ふたたび「やっほう!」。どうやら、私の身体で感じる「やっほう!」はたまの登山とビールで十分目標達成するらしい。まあ、「よし」としよう。

10日ほど前に、東京浅草のとある居酒屋を初めて訪れた。このブログを一緒につくってくださっている方との待ち合わせ。それなのに前の予定が長引いて待ち合わせに大幅遅刻(ごめんなさい)。結局その日は諸般の事情でお会いできず、居酒屋のご主人と、おかみさん(たぶん)とお話をしながら、ホッピーを飲んだ。

今度おじゃまする時は、お二人そろい踏みを楽しみに。

このお二人、ひとふでで描けてしまいます。(Sマークからスタート、筆マークが終点です)

 Mr.momoti.JPG

コピーの経木流し

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ご先祖さまに思いを馳せる行事の数々、お仏壇のないわが家では、そのほとんどを90歳近い祖母に任せっきりにしている。ありがとう、おばあちゃん。

で、「最近はどうしてるの?」と聞いたら、日々お仏壇にお供えするごはんはあんパンに化け、お盆に四天王寺さんの亀井堂に流す経木は自分で書かずに、いつぞや私が撮影した墓碑銘の写真のコピー(写真の名前の書かれた部分をコピーして経木に貼り付けしたもの)らしい。お供えのごはんは乾いてかちかちになって食べるのに苦労するし、経木に書く名前は自分で書くよりコピーの方が字が美しいからだって。確かに、いつもお仏壇のおさがりごはんをお湯漬けにして食べてたのはおばあちゃんだし、自分の書く字がきれいじゃない、と、60歳を過ぎてからノートに字の練習をしていたおばあちゃんなら、さもありなん。

近くて遠い私のロールモデルのおばあちゃん、それでも、毎日のお供えやお盆の行事はやめないのね。そのうち、世間でもお仏壇にあんパンのお供えはふつうになるのかしら?

ごく最近、初めて「白川静」を手にとった。入り口は、セイゴー先生(松岡正剛)が書いた新書版「白川静」。その後、まずは一般向け「漢字百話(中公新書)」を手にとってみた。

「「我」と「汝」は固定した関係にあるものではない。我が汝となり、汝が我となることのできるものである。そういう実体の固定しないものを、象形文字で表すのは困難である。それで音の近い字をとって、それに充てる方法がとられた。このように本来の字義を離れ、音借の方法によるものを「仮借」という。(白川静「漢字百話」)」

「我」と「汝」、私と彼/彼女は、そもそもお互いに立場が入れ替わるものなんだ、ふーん。

で、ちょっと、思い出した。毎年恒例の夏のスペクタクル文楽を見た帰り、法善寺横町にある、とあるバーに立ち寄り、マスターと法善寺横町の石畳の話になった。マスター曰く、「あの石畳は、お店のお客さんやった南海電車の人に、当時廃線になった南海平野線の「石」をもらったんやで~、僕らも血気盛んやったからなぁ、法善寺横町を盛り上げるために色々やったなぁ」と。法善寺横町といえば、お不動さん・石畳が特徴だと思っていたので、その1つである石畳が、戦後に、そこで商売を営む人たちの手で敷かれたものであること、さらに、その石を敷いた人が「今」「私の前で」「何とはなしに話していること」に、ふしぎな感慨を覚えた。法善寺横町の石畳は、自分とはまったく縁もゆかりもない歴史上の「昔の人」が敷いたばかり思っていた。自分が歴史のひとコマをつくる実感なんて、残念ながら、ほとんど、ないし。

我と汝、この地続きの感じ・入れ替わる感じ、「仮」に「借」りられる、って言われると、肩の力を少し緩めることができる。

白川静に敬意を表して、Twitterのニックネームを、私の名字の「吉」にする。大切なことばの入った箱(さい)をまさかりで守るの意。当面、守ることばは「仮借」かしら?

紛失と発見

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数年前に父から譲り受けたカメラを紛失。正確に言うと、知らない間にこっそりと私の前から姿を消した。さらに正確に言うと、車上荒らしに会ったことに2日間気づかず、いつもの場所に「ない!」と思って確認したら、ほかにも見あたらないものがあり、車上荒らしの仕業らしいと確認。

姿を消したカメラは、ニコマートFTn。私の前から姿を消すまで、「ああ、ニコンがつくったお遊びカメラね」と父からの受け売りで紹介していたものの、それが何者か、について考えてみたこともなく、大切に使ってきた。姿を消してから、ちょっこと調べると、「ニコンF」の普及版で、必要最小限の機能がすべてついているカメラ、なのに低価格が売りだったらしい。1937年生まれで、高度成長期のまっただなかに仕事を始めた父にとっては、当時高評価だったニコンFシリーズを安価で購入できる普及品に、心惹かれたに違いない。そういえば、わが家には普及版を意識したものの多いこと。かつて父から譲り受けた「キングセイコー」もグランドセイコーの精度調整を簡単にして価格を抑えたものらしいし、初めてわが家にやってきたパソコンも小数点の細かい計算について弱いものの、当時としては安価だったマッキントッシュのLCのシリーズ(その名もローコスト!)だった。「なぜ、この選択?」についていちいち確認するまでもなく「当たり前」だったが、姿を消したニコマートFTnのおかげで、改めて「ふーん」。

姿を消したニコマートFTnの後継機、高度成長期が終わりを告げる頃に生まれ、女子大生ブームと女子高生ブームの狭間に育った私は、どんなカメラを選ぼうか、ただいま思案中。 

しかし、みなさん、車上荒らしにはくれぐれもご用心。

数日の夏休みを友人の家で過ごした。3歳の女の子のママであるずーっと昔からの友人。最寄り駅の新幹線駅までママと3歳で、車でお迎えに来てくれる直前、3歳の彼女は「こうめちゃん(私のニックネーム)、きっと私のことかわいいって言ってくれるよね~」。久しぶりに会う友人からの新幹線駅での報告に、「その通りです」と降参。

3歳の彼女、ドレミを言うと、必ず、ドレミ「カ」ソラシド。まだまだことばはつたない。1年前は「こうめちゃん、抱っこする?=抱っこしてみる?の意」と抱っこを要求されたのに、今回は「抱っこしようか?」という私の言葉はほとんど無視。でも動物ふれあい牧場で泥と馬の糞にまみれた足の時はママもパパも差し置いて「こうめちゃん、抱っこ!」。おいおい、ちゃんと笑いとってるやん、恐るべし、「空気読む」3歳。

そんな3歳の彼女、眠る前に「お母さん、明日もよろしくな」と伝えて眠るらしい。恐るべし、必要なもの・ことを、そのまま言葉にできる3歳。

「明日もよろしく」か。そんな言葉、伝えたこと、あったかしらね。ありがとう、3歳、ちょっと反省。