保育園にも幼稚園にも行かず自宅にいた30数年前、4歳の頃、2歳年上の姉と3歳年上の隣のてっちゃん(男子)が家に帰ってきたらはしゃぎモードで遊ぶのが日課でした。ある日、3人で部屋にあった和箪笥の引き出しをあけたりしめたりしているうちに、「和箪笥階段遊び(和箪笥の引き出しを階段状にあけて、その階段を上り下りする遊び)」ができることを発見。箪笥の引き出しをあけて階段状になれば、高い場所にのぼれることを発見して大よろこびの私は、「アホと煙」よろしく、年上2人にすすめられて、颯爽と階段をのぼり、8合目までいった時に、足元がぐらぐら、和箪笥の上にあった人形ケースが自分に吸い寄せられるのを見ました。と、思ったら、次の瞬間には、頭のゆうに20倍はある人形ケースがガラス扉を突き破って、4歳だった私の帽子に・・・。かろうじて、和箪笥が倒れるのはてっちゃんと姉が支えてくれたものの、さすがに6歳と7歳のこどもに人形ケースを支えるのは無理だったようで。
その時に身をもって思いました。世の中には、自分が認識できること以外のものごとが影響して、自分の身にふりかかることを。
和箪笥を使えば楽々で高いところに行ける!と、得意満面で「発見」しただけなのに、まさかガラス扉を破って人形ケースを被ろうとは。「発見」がどの範囲、どの文脈での「発見」なのか、について考えるようになったのはそのせいかもしまれせん。「調べる」ことや、「新しい事柄に出会うこと=発見」が好きなのも、人形ケースを被ったおかげかも。
日々の小さな「発見」について、思いつくまま書き連ねようと思います。
あ、ちなみに被った人形ケースは、ちびっこ3人で親たちに見つからないように片付けました。もちろん、小さな「発見」をしたあとのてっちゃんと姉は、和箪笥の上に人形ケースを載せる時には、「和箪笥階段」を使わずに椅子を使って載せてくれました。おかげでしばらくの間、両親にもばれず・・・。
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