パキスタン①

| コメント(0)

先週まで4回に渡って紹介したバングラデシュ。

そのバングラデシュが1971年までパキスタンだったことは、40代以下の世代では実はあまり
知られていないらしい。

第二次大戦後の1947年にイギリス領インド帝国からパキスタンとして独立し、3度の印パ戦争
を経て、東パキスタンがバングラデシュとして分離独立したというのが簡単な歴史。

今週から、そのパキスタンを紹介するね~

バングラデシュの時に少し触れたけど、パキスタンも人口の多い国で、世界第6位。

2位のインド、6位のパキスタン、7位のバングラデシュの「元」インド帝国連合では、既に中国を
超えている。

また、アジアのイスラム国という観点でも、4位のインドネシア、パキスタン、バングラデシュの
3ヶ国がベスト10入りしており、同じ匂いを感じる。

元インド連合にもアジアン・イスラムにも共通しているのは、今でも戦争や内紛などで命の
やりとりをしているということ。

程度の差こそあれ、命の危険にさらされていると、家計の状態とは関係なく、本能的に子作りに
励むんだろうね。だから人口がどんどん増えていく。

逆に、命の危険とは無縁の平和な世界に生きていると、理屈をこねないと子作りできない?
それが日本???

 

それはさておき、私のアジア旅行の中で、最もデンジャラスな体験をしたのがパキスタン。

私の滞在中、宗派間の争いで、スンニ派の指導者クラスが、こともあろうにモスクの中で銃撃
されてしまい、大暴動が勃発!!!

予定では、パキスタン北部の少数民族の村に滞在して、のんびりした旅をするはずだったのに、
道路が封鎖されて、目的地に辿り着けない。

しかも、暴徒化したスンニ派の連中が機関銃などを持って銃撃戦を始めてしまったのだ。

ほんの数メートル横で・・・

現地で雇ったガイドに「車に乗って」と促されたものの、発車しない。

「早く車出して」と言うと、

「今、動くとかえって狙われる。じっとしてて」

と、彼は車の外で、この車が敵ではないことをアピールするために立っている。
(彼はスンニ派!)

このような修羅場を幾度と経験しているのだろう。

「必ずあなたの命を守ります」と、冷静に対処してくれた。

 

すごく長く感じたけど、実際は20-30分くらいだっただろうか? ようやく銃撃戦が収まったので、
その場を離れることができた。ターゲットが射殺されたようだ。

銃の音って、映画とかの効果音付きの方に慣れているから、リアルな音が逆に不思議。

「パン、パン」と乾いた音が、最初は現実味を帯びない感じ。

でも段々に恐怖が増してきて、2発が車に当たった時は、完全に血の気が引いた。

 

こういう経験は二度としたくないね。

 

話にはまだ続きがある。

私が帰国する日の朝、モスクで銃撃された、スンニ派の指導者クラスの人が病院で死亡。

「お~い。なんで今日?」と思いながら空港へ行くと、軍に占拠されている。

「げっ・・・」

こうなると、逆に落ち着いてしまい、人相の良さそうな軍人を選んで、「飛行機とぶの?」とか、
「入隊して何年?」とか、「銃見せて!」とか、好き放題。

その落ち着きが誰かに伝わったのか、飛行機はほぼ定刻に離陸。

飛んだ瞬間は、さすがにホッとした。

 

戦場カメラマンでもなく、報道カメラマンでもないので、当然写真を撮る余裕などなく、恐怖の
映像は頭の中のみに鮮明に残っている。

 

でもこのアジアシリーズ、写真無しだと寂しいので、最後は下ネタで!

DSCF0037_シャティアールの岩絵(2).JPG

シャティアールの岩絵です。アレです。

 

パキスタンの旅は2日目で目的地に行けないことが確定したので、あとは行き当たりばったり。

来週からは、行き当たりばったりっぷりを写真を中心に紹介していきますね!

 

コメントする