キャリアデザイン再考 ~第三回 変化の時代、キャリア・アンカー再来~

謹賀新年。

2017年のスタート。今年の伝耕の標語は「絡繹」。この言葉の原義は、巻糸から糸が延々と繰り出されていく様子、転じて、人や物事が途切れないことを表現する際に用いる。今年は、うまくいっても、うまくいかなくても細々かつ延々とチャレンジする。そんな行動規範を標語としてみた。

年頭初回は、去年から始めたブッカワールド*を生き抜くための「キャリアデザイン再考」ブログ3部作の最終回。松の内の暇にまかせて綴ってみる。

*ブッカ・ワールド(VUCCA World)の「VUCCA」とは、変化しやすく(Volatile)、把握できず(Uncertain)、混沌とし(Chaotic)、複雑で(Complex)、多義的な(Ambiguous)という5つの言葉の接頭語を合わせた略語。

 

<人生は100年>

昨秋、「LIFE SHIFT 100年時代の人生戦略(リンダ・グラットン/アンドリュー・スコット著」という本が話題になった。

本著を貫く問題意識は、60歳~65歳時点での引退を想定した教育→仕事→引退という3ステージの人生(3.0シナリオ)を前提とした人生プランが、人間の長寿化に伴い、もはや成立しなくなったことにある。未来に向け、個人は100年生きるという前提で人生を組み立てるべしと提言する。

具体的な内容としては、寿命はこれからも延び続けるという予測をベースに、世代の異なる登場人物ごとにシナリオが紹介される。最も若い登場人物は1998年生まれのジェーン。現在18歳の彼女が日本人であれば、厚生労働省が発表した簡易生命表(平成26年版)によると、あと70年ほど生きる計算(平均余命)になり、よってこの世代では100歳を超えることが珍しくなくなる。

とすれば、人生初期の教育を経て就いた会社に幸運にも居続けることができたとしても、65歳の定年後、30年以上続くであろう引退後の生活に備えた資産確保を前提とする3.0シナリオは全く現実味がない。そこで著者は、最も若い登場人物であるジェーン世代のために新しいシナリオを提案する。キャリアを中断しリフレッシュして変身を遂げる期間を2回設けるという5.0シナリオだ。

3人の登場人物別に、主に財政基盤をベースにしたサバイバルシナリオを展開しながら、著者はこうも言う。「人生が長くなり、多くの移行を経験する時代には、人生全体を貫く要素がなにかを意識的に問わなくてはならない。さまざまな変化を重ねつつも、自分の本質であり続ける要素とは何なのか?」

その一つの解として、「アイデンティティ・選択・リスクが中核的な要素になる」と提示する。

しかし、我々日本人にとっての障壁は、「結局そこに帰結する自分」というニュアンスの「アイデンティティ」なる言葉が実にわかりにくいことにある。

 

<キャリア・アンカー>

というわけで、今回は、キャリアをアイデンティティ的視点からとらえ、研究実績のあるキャリア・アンカーの力を借り、アイデンティティ・選択・リスクという中核的な要素について考察してみる(ちなみに、エドガー H.シャインとジョン・ヴァン・マーネンの二人によるキャリア・アンカーの第4版の原題は、Career Anchors: The Changing Nature of Careers Self Assessment)。

ちなみに、キャリアという言葉は、本来、陸を行く車輪の跡を意味する「轍(わだち)」が原義だが、これが海上を進む船で必要な「錨:アンカー」と組み合わされ、キャリア・アンカーという造語になった。これは、陸よりももっと不安定な水面で、時代の変化(波)に翻弄されかねない個人(船)が頼る拠り所(アンカー)を思わせるものであるが、100年という長い航海を行く人の人生を考える上でも含蓄がある。リフレッシュしてキャリアを構築することを提唱した「LIFE SHIFT 100年時代の人生戦略」の著者リンダが、どの程度この概念を考慮していたかは不明だが、たとえ、キャリアを中断してリフレッシュしたとしてもアンカーのような重石が恒常性として基盤にある限り、100%別の人間に生まれ変わることは、残念ながらおそらくできないだろう。だからこそ、アンカーのような重石の視点から人生100年時代の戦略を検討してみることが大切なのだ。

さて、キャリア・アンカーを平たく説明すると、キャリア上、難しい選択を迫られた場合、どうしてもあきらめないこと、となる。アンカーが変化することは許容されているが、「究極の選択」として一つのアンカーに絞り込むというシビアさが求められる。キャリア・アンカーは長い研究の精錬を経て次のように8つに区分されている。

◎専門・職能に対する有能感(Technical/Functional Competence[TF])

→自分のキャリアが開花していくにつれ、ある特定の仕事に対する才能と高い意欲を持つに至った人。初期キャリアで専門分野を担当することはよくあることだが、一部の人はそれに本質的なやりがいを見出し、自分の専門性を中心としたキャリア・アンカーを形成していく。

◎経営管理に対する有能感(General Managerial Competence[GM])

→経営管理そのものに関心をもつ。専門的な仕事に特化することを「罠にはまった」と考える。重要なのは、組織の中で昇進し、高度な責任を担い、リーダーシップを発揮し、組織成功に貢献し、高い収入を得ることである。

◎自律・独立(Autonomy/Independence[AU])

→どのような仕事に就いているかにかかわらず、自分のやり方、自分のペース、および自分が納得できる自分なりの基準にとって、物事を進めることが重要である。自律的な専門職へ進むことが多い。

◎保障・安定(Security/Stability[SE])

→安全・安心を感じられ、将来に起こることを予測することができ、終身雇用や退職給付制度が充実している職を求める。組織の論理に縛られることをあまり苦にしない。

◎起業家的創造性(Entrepreneurial Creativity[EC])

→新しいベンチャーを創造することが自己実現に不可欠である。新しい組織、製品・サービスの創造が起業家自身の努力であることが識別でき、自分自身の生み出したものとして存続し、経済的に成功することが重要である。

◎奉仕・社会貢献(Service/Dedication to a Cause[SV])

→自分の実際の才能や得意分野よりも自分の価値観=「もっと世の中を良くしたい」という大義によってキャリアを選択する。

◎純粋な挑戦(Pure Challenge[CH])

→克服もしくは解決不可能であると思えるような障害を乗り越えることが成功の定義となる。「勝ち続けたい」という目標を設定し、それをクリアすることが最も重視される。

◎生活様式(Lifestyle[LS])

→意味のある仕事に強いモチベーションを持ちつつ、自分のキャリアを個人のニーズ、家族の状況、自分のパートナーのキャリアとうまく統合させることを重視する。

(「キャリア・アンカー診断」と検索すると40問の質問が出てくるサイトもあるようなので、興味がある方はどうぞ。)

ちなみに、私の場合、キャリア・アンカー診断において、最高得点を取ったアンカーは「自律・独立[AU]」であった。自身の内省に基づくと、このアンカーは一貫していたとしても、次点のアンカーは変化したと推測される。就職してから10年間ほどは、「専門・職能に対する有能感[AU]」が高く、子育て期前半は、「生活様式[LS]」が高かったようだ。最近、実際に回答してみた結果、次点は「奉仕・社会貢献[SV]」と起業家的創造性[EC]」が同点となった。

そう考えると、キャリア・アンカーでとらえた私のアイデンティティは「自律・独立[AU]」を基本とするものの、次点に出てくるキャリア・アンカーは、その時々での人生の価値観、つまり自分の中での重要性に基づく優先順位を反映しているように思われる。

 

<選択とリスク>

では、「選択・リスク」に対しては、キャリア・アンカーからはどのような示唆があるだろうか。

「あるキャリア・アンカーは他のキャリア・アンカーよりも優れているものか?」という問いに対して、例えばアメリカでは、「経営管理に対する有能感[AU]」と、「起業家的創造性[EC]」、「純粋な挑戦[CH]」のキャリア・アンカーを価値あるものと考え、「保障・安定[CH]」のキャリア・アンカーを持つ人をさげすむ傾向がある。一方、オーストラリアでは自己中心的な行為は良くないと考えられているため、「経営管理に対する有能感[AU]」のキャリア・アンカーを持つ人は、公の場ではそれを否定する傾向があるらしい。

最近、「トランプ誕生の深層を語る」という触れ込みで手に取った「最後の資本主義」の中で、著者ロバート・B・ライシュは、このように語っている。「人々の給料がその人の価値で決まるというのなら、過去30年間で大企業のCEO報酬が、従業員の平均賃金に比べてうなぎ上りに増加した事実(1965年のCEO報酬は平均賃金の20倍、1978年は30倍、1995年は123倍、2013年は296倍、そして今では300倍以上である)に対して、納得のいく説明を施さなくてはならない。結果としてCEO報酬は1978年から2013年の間に937%上昇したが、同時期の労働者の賃金上昇はわずか10.2%であった。」

例えばこれを、100年人生を前提として、キャリア・アンカーを使って仮説的に展開するとこうなる。「経営管理に対する有能感[AU]」を持ち、実際に能力を発揮できる人々が長い人生の中でCEO職を数回ホッピングして莫大な富(報酬と退職金など)を得れば、その他大勢が束になり一生かかっても埋められない富の差が生まれる。そして、莫大な富を持つ彼らはその周囲にいる人々を「ノン・ワーキングリッチ化」して「貴族化」することができる。その恩恵にあずからない人々は、「ワーキングプア化」が進むだろう。

さらに、ロバート・B・ライシュによれば、「(アメリカ)政府は中間層と貧困層に課税はしなかったが、彼らに再分配するはずの所得の一部を、富裕層に移し替えた。政府(そして政府に大きな影響力を有する人々)はゲームの仕組みやルールを変えながら、直接手を下さずに上位層への再分配に取り組んだのであった。」という。キャリア・アンカー自体に流動性がないのなら、個人ベースのキャリア・アンカーを起点に生じたマイクロな動きが、社会的なカオスを生じさせ、社会不安を呼ぶことだってありそうだ。社会的な上位層とキャリア・アンカーがバリューチェーン的に関連しているとしたら・・・。実際、USにおける金融市場をめぐる法や制度の体系の変更、生産拠点の移転、株価を上昇させるための人件費の削減、名門私大の莫大な学費の不透明さ等々と中間層の没落は無関係と言い切れない。かつては層の厚かった中間層が没落し、政治や社会の仕組みに対する交渉力を低下させていたことの不満がトランプ支持の背景にあるといわれている・・・。

つまり、元々、キャリア・アンカーそのものには優劣はないとされているものの、現実的には文化によって偏見は存在する。そして、今後の社会情勢によっては偏見の対象となるアンカーも変わる可能性もある。さらに偏見にとどまらず、グローバルな資本主義の影響で、広い範囲で富の再分配にも影響を及ぼす可能性も危惧される。

次に「生活様式[LS]」のアンカーについて考えてみよう。日本の例で考えてみると「生活様式[LS]」のキャリア・アンカーが「働く女性の専売特許」として、組織上の「お荷物」としてみなされる傾向はいまだに否めない。しかし積み重ねられた啓蒙活動の成果やロールモデルの出現、若い世代の志向の変化、さらに「介護」の問題が浮上するにつれ、「生活様式[LS]」が「女性」に限らぬ「社会的なテーマ」として認識されるように変化してきた。

この「生活様式[LS]」のアンカーについては、エドガー H.シャインとジョン・ヴァン・マーネンも自分と自分のパートナー間のキャリア統合の問題を含め、リスクマネージメントが難しいものとして紙面を割いて記述している。個々のアンカーについての解説を読んでも、他と比べ「生活様式[LS]」には腹落ち感が少ないが、これは考えてみれば当然のことだ。エドガー・H・シャインがMITに赴任する前は、アメリカ合衆国陸軍に大尉として従軍、ウオーターリード陸軍研究所で勤務し、そののちMITで教鞭を取ることになる。彼は一貫して、組織内におけるキャリア開発と、その組織において個人の能力やニーズをどうマッチさせるか(=キャリア・アンカー)というテーマを追求してきたのであり、「生活様式[LS]」はそもそも彼の研究の中で中心的な位置を占めていなかったと言えよう。しかし、キャリア・アンカー発表初期に比べ、昨今の「ダイバーシティ」進展などにより、「生活様式[LS]」が大きな課題として浮上し、他のアンカーとの関連を無視できなくなってきた。このアンカーの個別複雑性ゆえ組織や社会における対応は行き届かず、処方箋作成に際しては、効率と個別化を同時に解決する方策が見つからなければ、常に試行錯誤中の状況が続く。

 

<無形資産の活用>

リスク」に対応する際に資産を活用するという手がある。「LIFE SHIFT 100年時代の人生戦略」において、無形資産について記された内容が興味深いので紹介しておく。第一回のキャリアデザイン再考で述べたのように、ブッカ・ワールドでは、キャリア形成の上で、外部から観察可能な連続性を求めることは困難になる。目に見えるようなわかりやすい形で過去との連続性を求める人々は、キャリアに対して大きな不安を抱き、キャリアを創り上げていくことに対しこれまでにないストレスを感じやすい。しかし、最初から目に見えない無形資産に注目し、それを管理するという視点と態度は精神衛生・キャリア構築の双方において好ましい結果を生むだろう。

1:生産性資産

人が仕事で生産性を高めて成功し、所得を増やすのに役立つ要素のこと。スキルと知識が主たる構成要素となる。

2:活力資産

肉体的・精神的な健康と幸福のこと。健康、友人関係、パートナーや家族との良好な関係など。

3:変身資産

100年ライフを生きる人はその過程で、多くの変身を遂げることになるが、そのために必要な資産。自分自身についての理解、人的ネットワーク、新しい経験に対しての開かれた姿勢など。

先に述べたジェーンの例で言うと、5.0シナリオで設定された変身のための期間、つまり移行のための準備期間においては、人的ネットワークを広げ、自分のアイデンティティ(つまり、キャリアアンカー)についてじっくり考えることにより、変身をスムーズにする「変身資産」を蓄積するのだという。これは前回のブログ「起業家に学ぶスキルと多眼的アプローチ」の中で紹介した、第五のスキル「知恵のネットワークを築く」にも連なる内容である。

 

<内的キャリア・外的キャリアのバランスと今後のキャリア開発>

人生100年時代を生き延びるためには、基本的には自分の中に存在して、容易に変わらないもの(=キャリア・アンカーがその代表的な例となる「内的キャリア」)を理解し、その可能性を斟酌しつつ、職階級(例:課長)、職種の名称(例:医師)や組織外の職業(例:起業家)のように組織や社会から期待される目に見えるキャリア(=「外的キャリア」)を選ぶプロセスが順当となるが、今後は外的キャリアが一つでは済まないということで、外的キャリアの移行が大きなテーマになる。その際、給与等の有形資産のことだけを考えて、外的キャリアを変化させ、内的キャリアとしての個人の一貫性に全く目を向けられないと、心的なストレスが増大し、無形資産としての活力資産が落ちる。

一方、内的キャリアの満足だけを追求すると、キャリア・アンカーとの関連によっては有形資産が枯渇する恐れがある。これは最近「やりがいの搾取」と言われている問題と関連する。

ともかくも、内的キャリアについて、時系列的な研究が続けられてきたキャリア・アンカーという概念の価値は、組織の中の人材育成をというテーマを越えて、また焦点があてられることになろう。その際、自分にとって主要な一つのキャリア・アンカーだけでなく、次点のアンカーがその時々の価値観を反映すると考えられるならば、それらも時限的・場面的に活用すべき要素となるかもしれない。また、キャリア・アンカー自体に社会的評価が絡むという問題がある以上、長寿社会において富の分配に絡んで起こる社会不安の遠因となるマイクロな要素となりうることも忘れてはならないと思う。

このように考えると、自分の持つキャリア・アンカーを認識した上で、それが社会的にどのように認識され、判断され、どのようなアウトプットを得られるということを考えた上で、行動を選択することが、リスクマネージメントの一つになると思われる。もしくはリスクマネージメントよりもむしろ、中立的に捉えるならば人生の戦略と表現できるだろうか。例えば、自分のキャリア・アンカーがマイナスではなく、ポジティブに評価される職業や、地域、国、テクノロジーやツール、果ては配偶者を選ぶという行動も選択の要素となるだろう。さらには人生100年時代を前提として、自分の有形・無形の資産を蓄積し長期間コントロールする術を意識し、実践しなくてはならない。

とすれば、キャリア・カウンセリングに携わる人々も、アイデンティティやキャリア・アンカーなど内的キャリアを軸と置きつつ、内的キャリアと整合性のある外的キャリアの選択とそれに伴うポテンシャル/リスク、および有形・無形の資産についての蓄積と長期間コントロールや、グローバルなキャリアの可能性についてアドバイスできる広い視点と情報処理・分析能力を持ち、総合的にアドバイスできる能力が必要となる。

しかし、果たして、そんな能力のある人がいるのだろうか。ほぼ占い師のような・・・。いやいや、真面目に考えるとそんな人はなかなか見つからない。見つけられた人は、それだけで宝くじに当たったぐらいの幸運さだ。

宝くじに当たる確率は低いからこそ、自分でキャリアをデザインするための方法を学び、資源そのものを開拓する態度と行動を身に着けることが必要なのだと思う。

 

<終わりに>

昨年は、人財開発の仕事をさせていただき、お陰様で現場でたくさんのお話をお伺いする機会に恵まれた。しかし...「変化の時代」が声高に叫ばれ、不安が掻き立てられるのか、声なき声としてひたひたと押し寄せてきたのは「逃げ切りたい」という本音である。これは、マーケティングを主とするビジネスをしていた頃とは全く異なる感覚だ。昨秋からキャリアデザイン再考として3部作を展開したのは、この「逃げ切りたい」という本音に対してのささやかな抗いでもある。ちなみに18歳のジェーンは私の娘と同年であるが、親世代が逃げ切れたとしても、子供の世代は無理だ。自分たちの古い対処方法を子供の人生にあてはめるのは全く間違っているどころか、害ですらある。このことは少なくとも意識しなくてはならない。

超高齢化社会の先頭を走る日本だからこそできることもあろうかと思うが、弊社のような少人数の所帯で無理くり推し進められるものでもない。ならばどうしたらいいか、と、こんな風にごちゃごちゃ考えるのは年の始めだけにして、いろいろやってみようということで、冒頭にあるように今年は「絡繹」をテーマとした。

解はないけれど、ひたひたるんるん元気に進もう。

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さて、ここまでお付き合いいただいたのは、読み始めた方の何パーセントでしょうか(笑)。時は金なり。貴重なお時間を頂き、誠にありがとうございました。何かのお役に立ちましたら幸甚です。

本年もどうぞよろしくお願い申し上げます。

西道広美 拝