キャリアデザイン再考 ~第二回 起業家に学ぶスキルと多眼的アプローチ~

何がやりたくて、何が可能で、その中で何を軸として持ち続けていくのか。ブッカ・ワールド*の中で自分と周囲の折り合いをつけていくのは容易ではない。今回はブッカ・ワールドを生き抜く術について「起業家」から学び、キャリアデザイン視点で考えてみよう。
*ブッカ・ワールド(VUCCA World):「VUCCA」とは、変化しやすく(Volatile)、把握できず(Uncertain)、混沌とし(Chaotic)、複雑で(Complex)、多義的な(Ambiguous)という5つの言葉の頭文字による略語。

「莫大な富を短期間に積み上げた時代の寵児」と評されるのは起業家の中でもごく一部である。ただ、起業の原点に戻ればその多くは煌びやかな世界とは程遠い場から始まる。埃臭いガレージの中、自宅の片隅の小さな机、あるいはシェアオフィスの一室のような・・・。

現在9期目となるごく小さな会社をやりくりする私の起業は、食卓の上から始まった。作業台を兼ねた食卓には学校のプリントや新聞が雑然と積まれ、その脇でPCが窮屈に開いている。画面の中の遅々として進まぬ起業プランの慰みは、冷蔵庫の開閉と娘の送迎までのタイムリミット。起業物語につきものの、寝る間も惜しんで目標に向かってがむしゃらに努力する起業家のステレオタイプに照らせば、あまりにも「ゆるすぎる」船出であった。

目を転じ、それぞれの船出をクリアした起業家たちのその後を辿ってみる。湾の中で回遊する船、あるいは大海原に打って出る船。うねりと風に翻弄された挙句、すでに波間に消え、あるいは浸水し、死に体の船尾が天を突く。遠目には順調にみえた船も近寄ってみればマストを失い、針路を定めようともがく。その横で波間をすっと通り抜ける小さな船。はるか向こうには、波を勢いよくかき分け航路を進む大船隊が見える。

そして、我々はと言えば、自分たちが工面できる資源の範囲で、湾の外へ少し出てはまた戻りの繰り返しで小さな船を賄っている。行き交う船を眺めつつ、本格的に大海原に出るかどうかは決めていない、そんな状況だ。

さて、ここでおもむろに「キャリア」である。
キャリアデザインの対象となる「キャリア」には種々の定義があるが、キャリア理論の大御所ドナルド・E・スーパーは、「キャリアとは、人生のある年齢や場面の、様々な役割の組み合わせ」であると定義した。

この定義に則れば、起業家が辿る航路や行く末は十人十色でありつつも、人生のある時点で「起業家」になろうとすることは、新たなキャリアを選ぶ作業に相違ない。

朝9時の出社を求められず、スケジュールを食い潰す会議もなく、決裁を仰ぐ上司もいない。起業家は既存組織を持たないが故に、主体的かつ純粋に自分のありたい姿を追及できる。しかし職責もないので、存在だけでは何の価値も生まない。起業家がありたい姿を成立させるには、組織と自分と、ではなく、ダイレクトに社会と自分との価値交換を成立させることが前提となる。自分のありたい姿を社会への価値提供に組み込む計画は、起業時のビジネスプランと表現されるものだ。そう、「仕事や社会と、自分がどのように向き合い、どのように関わっていくか」というキャリアのテーマを、価値提供という軸で真剣に考えて得られた結果の一つが起業家のビジネスプランなのだから。

というわけで、「起業時のビジネスプランはキャリアデザインと被る」。

あたりまえすぎる・・・(↑御大層に太字でアピールしてしまい、どうしたものかと)。
しかし、起業時に遅々として進まぬビジネスプランに四苦八苦していた私は、上の作業が、純然たる主体性をもって自分のキャリアデザインを取り組むに同じという、至極「あたりまえのこと」に気づかなかった。私の場合、起業時のビジネスプランとは、僅かなお金と人という資源を用立てしつつ、価値提供を可能にするビジネスを、まだ手間のかかる娘の世話という役割と共にいかに成立させるか、に関する当面の解決であり、いきなり大海原に打って出る話ではなかった。これはそのまま、起業後5年間の私のキャリアデザインであったのだが、最近になってやっとそのことに気づき、すっと腹落ちした。

起業時のビジネスプランとキャリアデザインの関係に、なぜ私は気づかなかったのか?
それは、私が下記「二つの縛り」にとらわれ、ありのままを認識できなかったからである。

第一の縛り:この国で「キャリアデザイン」と標榜されるものの多くは、その機会が就職か再雇用、あるいは会社の中での役割期待とのすり合わせ時に行われる。「起業」が対象となることなど皆無に近い。例えば大学なら「就職課」はあっても「起業課」はない(少なくとも見聞きしたことはない)。よって、起業に際しての相談事は、「起業時のビジネスプラン」が中心となり、「キャリアデザイン」として語られることはほとんどない。

第二の縛り:起業時の仕事はビジネスモデルを可能にする資源の調達と構造化だ。当時、ビジネスプラン作成時に、キャリアデザインならば見方を変えうる「家族」・「子育て」要素を、「起業」にまつわる「男子一生の決断」イメージにとらわれ、資源どころか最小化すべき制約条件と思い込み、自分の起業を「ゆるすぎる」と自ら断じた。この思い込みは、管理職昇進に際して何割かの女性が覚える引け目に連なるもので、単なる縛りを越えて呪縛に近い。しかし結果的には、子育て経験による視野の拡がりと肌感覚は得難いアセットとなった。

ところで、現在、健全な財務状況の組織に所属している人々ですら、今後ブッカ・ワールドが進展すればその恒常性は保証されない。私がとらわれていたような縛りを解き放ち、「会社の業績」、「現在の職責」、「家族の状況」や「男女」の如何に関わらず、自分のありたい姿を、様々な役割を含めた資源の組み合わせによって、価値提供をいかに構築し具現化するかという「キャリアデザインとビジネスプランの統合」は、大いに役立つ可能性がある。ということは、今現在、独立を考えていない人でも、純然たる主体性をもって自分のキャリアをビジネスプランとして取り組む「起業家の思考」に馴染んでおくことは無駄にはならないだろう。むろん、たまには大企業の勝ち組トップによる回顧録を味わうのもよいが、同時に回顧録に終始する企業の将来を想定しての見切りを遠慮することはない。

極端な話、今から社会に出る若い人が、就職活動に際し、エントリーする組織の役割期待に自分自身をすり合わせる作業を行う前に、純粋に「自分を見つめる・知る・経験する」という目的で、一定のリスク範囲を設け、起業してみることは有意義だろう。ブラック企業でのアルバイトよりも健全に学べるに違いない。少数のメンバーと少量の資源で船出をする起業家の思考方法やアプローチは、仮にいったん就職を選ぼうとも、ブッカ・ワールドを生き抜く思考・態度・行動の基本トレーニングとして役立つ部分も多いと思われる。

また、これは被雇用者となり、賞味期限のある役割期待に際限なく応えようとして起こる不幸な「過労死」の抑制につながる可能性もある。ブッカ・ワールドのなかで「どうせ移り変わる」役割期待に、「かけがえのない自分」が殺される理由など「皆無」なのだから。

というわけで、我々のような市井のおばちゃん起業ではなく(ムック本的ネタにはなるか…)、まずは「一流」の起業家に関するわかりやすい知見を漁っていたら、最近面白い本が出版された。エイミー・ウイルキンソン氏による「クリエイターズ・コード」である。氏は名だたる起業家が「0」から「1」へ、さらにそれを並外れたレベルまで価値を高める際に用いるスキルを調べあげた。このスキルは語学やコンピュータの運用といった狭義のスキルではなく、汎用性のある思考方法やアプローチを含む広い意味を含むものである。

氏はイーロン・マスクほか、名だたる起業家を含む約200名以上に長時間のインタビューを実施し、起業にまつわるスキルとアプローチをあぶりだした。インタビュー対象は、「船出して間もなく大船隊を組み、大海原で自らの航路を威風堂々と進んでいる起業家」であり、その具体的な選定は下記の基準によって行われた。
・創業した企業は「年商1億ドル以上」「従業員10万人以上」のいずれか一方の条件を満たす。
・創業から5~10年で急成長を果たしている。
・現在も創業者兼CEOあるいは積極的に経営に関与している。
・少なくとも同業3名からの推薦を受けている。
彼らの成功には、共通してみられる6つのスキルがあり、それらは円環しているという。

第一のスキル:「ギャップを見つける」
第二のスキル:「光に向かって進む」
第三のスキル:「OODA(ウーダ)ループを飛行する(Observe(監視する)→Orient(情勢判断を行う)→Decide(意思決定を行う)→Act(行動する)」
第四のスキル:「賢く失敗する」
第五のスキル:「知恵のネットワークを築く」
第六のスキル:「小さなギフトを贈る」

各々についてキャリアデザインを絡め、エッセンスに触れてみよう。

第一のスキル「ギャップを見つける」は、他の人が気付かないチャンスに目を付けることを指す。言い換えると自分なりの問題認識を設定することであるから、キャリアデザイン上の大きなテーマにも関わる。

第二のスキル「光に向かって進む」はビジョンに向かって進むという未来志向はキャリアデザインそのものである。しかし、それが「光に向かう」と表現されるように起業家だけが見える速さというニュアンスを含む。スピード感は確かに起業の成否に関わる要素ではあるが、これを「常に」ではなく、本当にやりたいことに対して一時的にでも発揮すれば奏功すると知っておけば、万人にとって有益であろう。

第三のスキル「OODA(ウーダ)ループを飛行する」は、起業家にとってはPDCAよりもOODAの方が経験的に納得性の高いことはもちろん、まさにブッカ・ワールドに対峙するために欠かせぬ行動ループである。今後、起業とは無縁な人々にとっても参照する価値は高まるだろう。OODAループは、伝説的空軍パイロットのジョン・ボイドが、動きの鈍いライバルよりも早く優位性を確立するために提唱したループに因む。

第四のスキル「賢く失敗する」は、「失敗確率を設定し、小さく数多く失敗して、経験を最大化し痛手を最小化」して成功につなげる「学び」のスキルである。ブッカ・ワールドでは「失敗」を「失敗」と刻印付けする間もなく次へと移り変わる可能性もあるから、「失敗」と「経験」の差すらなくなるかもしれない。キャリアデザインの文脈でも経験を素早く積むことで様々な状況への対応可能性を高めることはプラスに働く。

第五のスキル「知恵のネットワークを築く」は、「意外な相手」との連携も想定し、資源となる他者と積極的に関わる連携とその仕組みづくりを指す。単に連携する「行動」だけでなく、その場を創造するしくみについても重要視している点が興味深い。

第六のスキル「小さなギフトを贈る」は、他者と互恵的関係を結ぶための親切な態度に関するスキルである。この第五・第六のスキルは、変化に対応する行動として、かねてから我々が提唱している「他者との協働」に連なる内容である。

さて、起業家に必要な「いの一番」は言うまでもなく、第一のスキル、「ギャップを見つける」ことにある。起業家は他の人が気付かない潜在的なニーズに注目して、あるべき姿をセットし、ギャップを明確にする。そのギャップを解消するために新たな方法を見つけ出すことに自分の存在価値を感じ、その解消をビジョンとしてアクションを起こす。

このような点に注目し、氏は数々のインタビューから起業家が見出したギャップを埋める際のプロセスを3タイプに分類した。3タイプの共通点は、起業家がギャップを埋める際に、旧来の考え方や解決策にこだわらず、多方面の様々な視点を生かしていること、つまり「多眼的」視点で解決のための切り口を見つけ、アクションを起こしていることにある。

タイプ1:「サンバード型」」1つの領域から別の領域へ応用する
タイプ2:「アーキテクト型」新たなモデルをつくる
タイプ3:「インテグレーター型」コンセプトを融合させる

タイプ1:「サンバード型」は、我々が変化に対応する際に有効な行動として掲げている「転換」と類似の内容である。サンバードという命名は、花から花へと移動し花粉を運ぶ鳥の名に由来する。
例:航空宇宙産業で安定性維持に使用されていたジャイロスコープ技術を二輪車でありながら倒れずに安定走行できるセグウェイの開発に活用。

「転換」に関する我々の研究でも示されたように、以前の職場で奏功した内容を次の職場で試してみるという転職者の適応行動としてよく行われていたのがこのタイプ1の行動であった。

タイプ2:「アーキテクト型」は、ゼロベースから出発し、多様な選択肢・多様な方法を試しながら突き詰め、課題を本質的に解決し、世界観を変えることにもチャレンジする。まるで、ゼロから建造物を建てるように、従来のやり方や考え方を疑い、まったく新しいものを作ろうとする。
例:既存ロケットが高価な理由に疑問を抱いたイーロン・マスクはロケットを構成する原材料費が本体価格の2%に満たないことを突き止め、安価なロケットを作ることを決心し開発に着手。

タイプ3:「インテグレーター型」は、既存要素ながらも、対照的な要素を含めた要素同士を突き合わせ、最適化して解決し、新しい価値を生むことに情熱とエネルギーを注ぐ。
例:高級フレンチをリーゾナブルな価格で楽しめる「俺のフレンチ」。素材に妥協しない一方で、店舗のアイドリング時間を最小限にして、高品質低価格フレンチを実現。

私が特にこの本に注目した理由は、氏が起業家に限らず、上述の6つのスキルと3つのプロセスを、「習得可能でかつ、磨きをかけることができる」と述べ、終章で「自分自身を信じ、自分の考えを信じる」と結んだことにある。これは年齢に左右されない成長を前提とし、自分自身を信じて見つめることから始めるキャリアデザインの思想と何ら変わらない。

我々は今回、ブッカ・ワールドを前提とした場合、キャリアデザインの中でビジョンを描きそれを実現する方法と、起業家が市場で価値を創造する方法には共通部分が多いと提唱した。加えて上で紹介した、徹底的なインタビューによって明らかにされた内容を、自分のキャリアビジョンを実現するアプローチとして、一部でも装備できれば、ブッカ・ワールドの中にあっても自分軸をベースに生き延びることに役立つに違いないと思う。

ちなみに、我々は「山椒小粒でピリリ・・・」的スタンスで、マーケティング分野と人財開発分野の双方をフィールドとしている。ブッカ・ワールドの中で生き残る主体が「商品やサービス」ならばマーケティングサポートと称し、主体が「人」ならば人財開発サポートの中のキャリアデザインと呼ぶという複眼的なスタンスに立ち、軸をもちつつ生き残る存在のサポートを重ねるつもりである。

さて、湾を拠点とし、複眼的なスタンスで船を操縦する我らおばちゃんたちの会社は、さらに進展して、多眼的なクリエイターズ・コードを駆使すべき大海原にチャレンジするのか?ちなみに、起業後、メンバーの生活費を賄う程度の売上を「ラーメン代稼ぎ(Ramen Profitable)」と呼ぶらしい。幸いなことに、我らは何とか美味なるラーメンに舌鼓を打てる。さらにOODAループに照らすと、行き交う船の観測(Observe)結果は蓄積済みである。人気の「ラーメン」を片っ端から制覇すれば、大海原に出ずとも世界中のあらゆる味覚が我々のラーメン鉢の中に集結するやもしれぬ。しかし一方で、少数メンバーの「心技体」(「手練手管」ではなく:笑)を総動員して、「人生の味わい」をとことん極めたいならばその限りではない。まずは、舵を切る前にマストを確認し、情勢判断(Orient)を怠らず、「賢く失敗」し、すべてをネタとして愉快に笑い合うことからはじめようか。

西道広美