キャリアデザイン再考 ~第一回 再考の必要性~

キャリアデザインの要諦は、自分のありたい姿を明確にして、それに向かって進むことだ。この考え方は、きわめてシンプルなものである。

ただし、企業の中では「自分のありたい姿」を追及するに際して、組織のビジョンと自分のビジョンをすり合わせる必要がある。
すり合わせがうまく行けば、企業は従業員の内発的動機付けの付加によって高められた価値を市場で手に入れ、従業員はやりがいを感じられる対象を含む業務遂行とそれに対する対価を得て、生活を安定させる。

すでに市場では「必要な」モノやサービスは飽和状態にある。単なる「必要」を越え、「これが欲しい」と顧客に選ばれなければ収益は頭打ちとなる。顧客に「欲しい」と思ってもらう価値を従業員が生み出すには、単に賃金や地位という「外発的動機」に対応する報酬だけでは不十分であり、「内発的動機」によって高められた仕事へのコミットメントが欠かせない。
先進的な取り組みがすでに始まっている欧米においては、恒常的な組織だけでなく、一時的なプロジェクトとして構成されたチームに対してもコミットメントを得て貢献を高める目的で、内発的動機に紐づいたキャリアデザインの研究や取り組みが注目されている。

このような流れの中で最近、エドガー H.シャインとジョン・ヴァン・マーネンの二人の重鎮によってキャリア・アンカーの第四版が刊行された。キャリア・アンカーといえばキャリアデザインの古典と言えるほどの歴史を持つ。ジョン・ヴァン・マーネンは、最近のインタビュー記事の中で、我々がすでにブッカ・ワールド(VUCCA World)と呼ばれる世界の住民なのだと述べている。「VUCCA」とは、変化しやすく(Volatile)、把握できず(Uncertain)、混沌とし(Chaotic)、複雑で(Complex)、多義的な(Ambiguous)という5つの言葉の接頭語を合わせた略語である。

「キャリア」はその原義が馬車「carriage」の轍(わだち)にあるように、昨日との連続性を意識した今日・明日というニュアンスが強い。しかし、我らが今後、対峙する世界がブッカ・ワールドならば、過去との連続性を前提としたメタファーを有する「キャリア」を管理すること自体が無意味ではないか、そんな気にさせられてしまう。ブッカ・ワールドでは、組織と従業員のビジョンをすり合わせる作業は、当然複雑化するからだ。

とすれば今、我々はキャリアデザインの普遍的な価値を再度考察する時期に来ている。だからこそ、重鎮二人が蓄積された研究成果を未来に適応可能なものとして改めて世に問うたのである。事実、彼らにとどまらず、欧米を中心にブッカ・ワールドにおけるキャリアという課題意識に沿って種々の研究・実践が行われ、盛んに発信されている。キャリアデザインの思想は、世の中がどうあれ、また組織に所属しているかどうかにかかわらず、すべての人に対して、「一人一人がよりよく生きる」ために戦略を持つことを促す。この思想がある以上、時代に即した付置と適用が検討されるのは当然のことである。

では、我が国におけるキャリアデザインの現状を考えてみよう。
組織の中で行われているそれを俯瞰するに、ブッカ・ワールドへの適応どころか、終身雇用制度の影響や採用・配属の在り方も関連して、キャリアデザインの本格的な取り組みは人材活用における主流の中に未だ組み込まれてはいない。狭義のダイバーシティの文脈の中で、キャリアデザインは「組織内のキャリア形成に課題があり、主要なプレーヤーとみなされていない人々(女性や退職予定者等)を対象」に提供される「特殊なもの」というレッテルが貼られ、それ故、取り組みが組織の中で局在化する傾向さえ伺える。
目を転じて大学教育機関などで実施される就職を念頭にしたキャリア教育を見ると、「起業」というものが未だ社会的な承認を得られにくい文脈において、その目的はどうしても学生を「就職」させることが第一義的な目標にならざるを得ない。よって、キャリアデザインとしてのスコープは部分的なものにとどまる。

キャリアデザインの取り組みが十分に広まらない理由は、歴史的背景からも推察することができる。江戸時代に遡ると、固定化された社会階層構造のもと、人々は「個」というよりも「共同体」の一部として存在することが安定への道であると刷り込まれた。明治以降、近代化の渦中で地縁型の共同体は消費社会の進展に押され崩壊の一途を辿ったが、その代わりとして台頭したのが日本型企業であった。「会社という名の共同体」が一丸となり、欧米に「追いつき追い越せ」の流れの中で、「個」が生きる目標と戦略を主体的に持つという思想やそのための行動は膾炙しなかった。平成に入り、キャリアデザインが本格的に紹介・導入されようになるが、長らく共同体の価値にフォローすることを軸としてきた人々に対し、「個」を軸として自分の人生の戦略を立案し実現するよう振る舞う~つまり、自分の人生においてリーダーシップをとる~ことは、紹介されこそすれ、浸透いまだ至らずという状況にある。むしろ、「企業の共同体」のルールと折り合いをつける際に困難が伴うと認識した人々、つまり「女性・学生」が用いる一つの方略として、「個」を軸としたキャリアデザインの導入が先行された。

つまり、我が国は、キャリアデザインというものが十分に行き渡らないまま、ブッカ・ワールドに向き合わなくてはならない状況にあると言えよう。

上記を踏まえ、未来志向でブッカ・ワールドにおけるキャリアとキャリアデザインにおける我々の視座を下記に明確にしておきたい。
①ブッカ・ワールドにおいては、所属する組織の内外やそのタイプに関わらず、短期的には課題がないように見える人でも、中長期的に自分のキャリア形成に課題がない人など存在しない。変化が激しい時代にあっても、変化というものがそもそも生き物にとってストレスである以上、何らかの連続性を担保せずに我々が生きることは難しい。それ故「轍(わだち)」を原義に持つ「キャリア」デザインが重要な役割を果たすと考える。

②ブッカ・ワールドでは、キャリア形成の上で、外部から観察可能な連続性を求めることは困難になる。目に見えるようなわかりやすい形で過去との連続性を求める人々は、キャリアに対して大きな不安を抱き、キャリアを創り上げていくことに対しこれまでにないストレスを感じるだろう。キャリアデザインを支援するスキームは、まずこの状況に応えなくてはならない。

③「自分のキャリア自体にさしたる課題がない人」は存在しない以上、キャリアデザインは「キャリア上、安定した人が不安定な人に与える」のではなく、「全員がキャリアの変化を前提とする協働」というスタンスで取り組むべきである。

④グローバル規模でAIやIOTなどの技術トレンドが進展するに伴い、あらゆる共同体が形を変える可能性もある。現在、収益主体としての企業もブッカ・ワールドの中で変わりゆく共同体の一形態となろう。刻々と変化する企業とそれを選び、もしくは選ばれる個人との関係、さらには新たな共同体を創り上げようとする個人のありようにも目を配るべきである。

以上のような視座に立ち、次回と次々回のブログでは、「一人一人がよりよく生きる」ための戦略というキャリアデザインの根本に戻って、まずは1)起業家に学ぶスキルと多眼・複眼的アプローチ、続いて2)「キャリア・アンカー」再来を取り上げ、我々なりに考察を深めていきたい。

西道広美