Narrativeであること

語るということはどれほど大事なことだろうか。

それにも増して、心ある聞き手がいることはどれほど人生を豊かにするものだろうか。

 

このことについて、「そりゃそうだろうな」という、

「ものが普通にわかるいい人」のレベルでわかったつもりで過ごしてきたけれど、

「豊かにする」ということの中身とそのダイナミズムが全くわかっていなかった。

 

心ある聞き手がいることは、どれほど人生の痛みをいやし、封印していたものを解き放ち、

そして、心が暗黙の内に、強硬な鉄の扉に阻まれながらも、指し示していた方向に、

自分が歩むことを後押ししてくれるものか。

 

それが個人の内面で動的な活動として、ドラマチックに起きていたとしても

表面的には、飛んだり跳ねたりするような現象を観察できないが故に

静的であるととらえられる事象。

 

静的な表現型の中にあって見えないがすさまじく動的な変化。

 

それが、人生における、大きな方向性と、本質的な満足に繋がっているということについて、

すばらしく洞察と実践のある書をひもといている。

 

今年は何かが大きく変わるという予感があったけれど、

この予感は動的なレベルを想定したものであった。

 

今、根本的なパーツが私の中で再構築されるという確信がうまれつつある。