2015年4月アーカイブ

Narrativeであること

語るということはどれほど大事なことだろうか。

それにも増して、心ある聞き手がいることはどれほど人生を豊かにするものだろうか。

 

このことについて、「そりゃそうだろうな」という、

「ものが普通にわかるいい人」のレベルでわかったつもりで過ごしてきたけれど、

「豊かにする」ということの中身とそのダイナミズムが全くわかっていなかった。

 

心ある聞き手がいることは、どれほど人生の痛みをいやし、封印していたものを解き放ち、

そして、心が暗黙の内に、強硬な鉄の扉に阻まれながらも、指し示していた方向に、

自分が歩むことを後押ししてくれるものか。

 

それが個人の内面で動的な活動として、ドラマチックに起きていたとしても

表面的には、飛んだり跳ねたりするような現象を観察できないが故に

静的であるととらえられる事象。

 

静的な表現型の中にあって見えないがすさまじく動的な変化。

 

それが、人生における、大きな方向性と、本質的な満足に繋がっているということについて、

すばらしく洞察と実践のある書をひもといている。

 

今年は何かが大きく変わるという予感があったけれど、

この予感は動的なレベルを想定したものであった。

 

今、根本的なパーツが私の中で再構築されるという確信がうまれつつある。

育児と仕事の両立について、まじめに考えるほど難しくなってしまう。私が娘の育児で試みたやり方が正解ということではなく、こんなブリコラージュ(寄せ集め・その場しのぎ的な)子育てもあるんだという一つのケースだと思ってお読みいただければと思う。

~小学校時代~

ちなみに、娘の小学生時代は私の収入におけるエンゲル係数ならぬ子育て係数は60%を越えていたことを付記しておく。

普通問題になる小1の壁。保育所で19時ごろまでお世話になっていた私の前にもこの壁が立ちはだかった。ところが、幸い、学童があってこれで問題解決と思ったが甘かった。指導員さんとの相性というか問題もあり、娘は当初2年間ぐらいまでは行っていたのだが、3年生になるとふつと行かなくなった。問題の複雑さも認識していたから、ムリに通わせるわけにはいかない・・・。さて。

課題) 午後早く家に帰って来る娘を夜まで一人っきりで家に置いておくのも良くない、さらに親が働いているからいろんな習い事をさせられないのもどうかなと思い、ピアノ・バレエ・図工などおけいこ事を予定に入れていた。しかし、それに誰が連れて行くか。この時期、私はやたらと東京出張が多く、出張があると帰宅は夜10時を過ぎる。旦那も夜9時以前に帰れることはほとんどない。頼れる親族も居なかった。

ブリコラージュ的解決) 旦那の大学に通っている大学生(女子学生)を雇用。彼女に、娘をピアノとバレエの送迎および付き添いをしてもらい、夕食を指定のお店で食べるようにお願い。指定した夕食の場所は、基本的に私が帰宅してからの30分では作れないような手がかかっていて栄養バランスが取れている食事を提供する居酒屋か定食屋。これらのお店はふだんから懇意にさせてもらっていて、私が娘連れで時折楽しく呑んだくれていた店。そういうところは野菜のお料理があって、出汁をきちんと取っているってことがわかっているし、人間関係もできているので親切な店。そのお店でお願いした大学生におけいこごとのあと夕食、その後、家に帰ってきて、宿題なんかをみてもらい、旦那か私が帰宅するまで家にいてもらう。図工教室は、家の近くに時間単位性で子供の自主性を尊重し創造性を延ばす教室があり、他のおけいこごとのない放課後はそこに直行。この図工教室には結果的に結構な金額を払っていたが、自分で遊びを考えたり、ものを描いたり創ったり、かなりのことを自由にさせてもらった。この経験は他のところでは得難く、美術とか工芸ものが好きになったきっかけになり、娘の一生の宝。

娘が通っていた小学校は地元の公立小学校。周囲に中学受験を考えてアクションを取っている人もおり、有名な某進学塾にとりあえず行かせたが、娘はものの見事にいやがって数か月でやめてしまった(通っている生徒がイケてなかったとの言)。じゃあ、どうする?と聞くと、家庭教師がいいと言うので、算数だけ家庭教師をつけた。その家庭教師の先生には、「中学受験はどうでもいいので、思いっきり頭を使わせてください」とオーダー。このオーダーを素で受け取ってくれた先生に学校の勉強とは関係なく、「いい意味で」むちゃくちゃ絞られたらしい。家庭教師の先生には代替わりも含め、中二までお世話になった。結局、中学受験はしたものの受験準備をしていなかったので失敗。が、今思えば、小学校の時、存分におけいこ事をさせ、安全な環境で自由に遊ばせておいて良かったと思う。

ピアノとバレエ、および家庭教師の先生がいらっしゃる日に自分の出張を入れた。家庭教師の先生のお茶出し時間に私は帰宅していないので基本、娘自身にやらせた。ケーキは日持ちせず用意が面倒なので、お出しする甘いものはプリンかゼリーのみでシンプルに。私か旦那が帰宅するまで大学生もしくは家庭教師の先生にまかせ、図工の日には私がピックアップし、旦那が早く帰ってくる週の1日は旦那にお願いした。

ふと思うこと) こんなことができたのも、土地柄が良かったせいかとも思う。親が頼れない時のリソースは私の場合、①土地柄の良さと②誰かを雇う勇気があったこと。土地柄の良さについては、娘が小学校の時、いままで人生の中で考えたこともなかった地域のありがたさについて身にしみた。ただし、小学校を機に引っ越してきたので、幼稚園や保育園をベースにした人間関係が構築されておらず、小学校に入ってから見出したウマが合うママ友はどちらも忙しかったりしてお互いに頼り合うことができなかった。これが現在、地域の問題について目を向けるきっかけとなっている。さらに、人を雇ったり、教室に長時間いかせるためにお金は使ったけれど、いろいろ経験させたことが娘の基本を形成したと思い、無駄なお金を使ったという感覚は一切なし。あ、そうそう、こんな風に誰かを雇っておけいこ事に通わせたり、食事をしてもらっている人なんか私以外にいるのかと思っていたけれど、お店の人に聞くと、意外といるらしく、同じようなシステムで食事に来る人がいると聞いたのはびっくりだった。っていうことは、これ自体ビジネスになるかもですね。おけいこ事をさせることで専業主婦のお母さんたちとの触れ合いもあって発見も多く、PTAをやっていないとわからない学校の現状について教えてもらったりすることも多々あり、それはそれで有りがたく楽しかった記憶がある。

あくまでも一例ですが。