「ふいご」のような役割

今朝、何気なくテレビを見ていたら、「くまもん」の生みの親、小山薫堂が対談で自らは「ふいご」のような存在になりたい、と語っていたのが妙に胸に刺さった。

そういう役割、私も担いたい、というかむしろ、冷静に考えてみると今やっていることのほとんどすべてはそうだし、こういうスタイルを一生続けるとしても、ずっと楽しく愉しくできるような気がする。結果として、自分が納得する何かに結実するんじゃないかと、そんなこんながびっくりするぐらい、すとんと胸に落ちた。

「ふいご」のような役割、今までもそう評されてきたような気がするが、今、すとんとはまるのは、自分の中の納得感ゆえだろう。

自他の認識がぴったり合った今、また次の力が生まれてくる予感がする。