新年に寄せて

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我が家は毎年、1月2日に主人の実家の近くにある神社への初詣が恒例となっている。昨日も例年に従い、家族で初詣へと車を走らせた。生まれ育ち、幾度となく通った道にもかかわらず、主人は珍しく道を間違え、あろうことか宛もない高速道路へハンドルを切り、向かうはずの神社を眼下に過ぎ越した。そして、1キロも進まないうちに、前方のどこかで起こった自動車事故のせいで、高速道路は鈍速道路になった。いったい、どのぐらいノロノロ運転が続くのだろうと、車中は、新年早々重苦しいムードに包まれた。

高速道路に上がり、彼が間違えた、と気づいた直後、実は最初の分岐点があった。とっさに私は、ならば阪和道に出る左に行こうと進言したのだが、彼は泉南に降りる右に進路を取った。確かに泉南に出た方が距離は短く戻りやすかったのだ。しかし、突然前方に起こった事故のせいでそうはならなかった。結局、最初の出口まで、本来ならば10分弱のはずが1時間半もかかったのだから。

私は車中で一瞬非常に不機嫌になった。その理由は、彼が道を「間違えたこと」にではなく、「こういう時の判断で、ロジックを越えて判断が正しいのは私の方だ。」という自負があったのにも関わらず、彼がロジック通りに進んだことに、である。もちろん責めるべきではない。そんなことは重々承知だ。直観がロジックに負けることはよくある。しかし、今年もそういう風に一年が始まるのか、前途多難かも、というイヤな考えがよぎったその瞬間私は非常に不機嫌になってしまった。

いや、しかし。気持ちを高速で切り替えた。新年早々そんな風にスタートしてはあまりにもつまらないではないか。こういう時こそ、愉快に楽しくせねば、と気を取り直し、私は出口に近い泉南市の神社をスマホで検索し始めた。

すると、修行キャラの私が尊敬する修験道の開祖「役小角」に由来し、周囲は「大阪みどりの100選」に選ばれた地の「信達神社」が検索にかかった。私は、先ほどまでの不機嫌も忘れ、その神社の説明にすっかり心を奪われ、「せっかく泉南市に行くから、信達神社に行こう」と宣言し、慣れぬ手つきでカーナビをセット(ふだんはやらない)した。ノロノロ運転の外は、強風の中、雪が激しく舞っていた。目的地まであと50分。

最初の出口まで数キロに達した頃、道路は高速に戻り、風も雪も収まり、薄日がさしはじめた。無事高速を降りると、ものの3分ほどで目的地の信達神社に着く。車を降りるとおだやかで清々とした空気に包まれた。目の前に、山に向かって、参道が続いていたが誰もいない。正月2日なのに我々家族だけだ。まるで貸し切り。新年早々、神社の貸し切りってあるんだろうか。そんなバカなことが頭に浮かんだ。

拝殿には天然記念物のナギの木があって、天空にそびえ立っていた。そっと触れてみる。強くて美しい木に触れると、いつも私は幸せに包まれる。道を間違えたことや、道中の悪天候のことなどすっかり忘れてしまい、瞬時に御機嫌になった。

その御機嫌にまかせておみくじを引いた。

すると、そのおみくじは今まで見たことがないほど薄くて美しい和紙に刷られていた。

第十番 大吉。それがこれだ。

曰く、

「このみくじにあう人は古く悪いしきたりを改め新しく時代に適した姿を求める相で再生の喜びが運を導き枯木に春が来て花咲くようである」

春とか花とか楽しげなことばで終わっているが、個人の幸福を越えた重い役割である。

なんと、これが大吉なのか。

ふむ。

 

***

明けましておめでとうございます。

2015年、新しい年が始まりました。

1月2日の顛末で、私は、自分をごまかさず、天命を意識して、それを実践し、少々のリスクや想定外にめげず、きちんと結果を出す、ってことが求められているのかも、と肝に銘じました。

はい、ならば、鼻唄まじりに、楽しくやらせていただきましょう。

「花咲OUTRAGEババア」を目指して。

 

本年もバタバタと目まぐるしいことでしょう。

皆様、何卒、よろしくお願い申し上げます。

 

合掌。

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