20年、矛盾の恩寵

阪神淡路大震災から20年目の朝、ぬくぬくと布団にもぐりこんだまま、ずぼらな黙とうをしていた私は幸せ者である。

あの朝、目を押さえて、私が手渡したランタンを受け取ったマンションの階下に住むお嬢さん、

ガラスの破片が目に入って、後に失明されたと聞いた。

命を失われた方々、一生抱える負傷を追った方々、そして無事な私。

 

震災の混乱が収拾し、最初の春を迎えた頃に感じた、なんとも収まりの悪いさまざまな矛盾。

 

したたかに生き抜いて、利を自分のためだけに使う、焼け太り。

あの日から踏み出せない人々の暗闇。

万人平等に襲われたように見えた災害も、日が経てば、

焼け太った人々の跋扈と暗闇から出られず、ただうずくまる人々が同時に存在する世界となる。

大災害によって起こる、修復に時間のかかる社会の病理とはこのことか、と頭では理解したものの、

心の中での収まりの悪さをずっと抱えて生きてきた。

 

今でも、結婚のお祝いにいただいたものが破損したり、取り出せなかったりして何も残っていないことに、

小さな小さな心の痛みがある。

被害は極小なのだけれど、自分事として感じられる心の痛みがある。

 

振り返ってみると、

20年間、収まりの悪い矛盾を感じる心と、小さな心の痛みを捨てようとは思わない自分がいて、

微力なりに、焼け太りではない何かを創造する形にしようと試行錯誤してきたような気がする。

 

今年はやっと、その試行錯誤の結果が小さく見えてくるはず。

 

無事に生き残らせていただき、ありがとうございます。