2013年2月アーカイブ

やってきたひと。

昨日、「さいしょ」の伝耕サイトをつくっていただいた、ITコンサルタントの桃知さんが「はじめて」、黄色い家にお越しになった。

伝耕も先月1月21日で5周年を迎え、しつこいけれど、まるまる4年もたってしまったのであるが、その極めて初期にお世話になっている桃知さんが、はじめて会社を訪れてくださった。

会社を創設したころは、サイトもなく黄色い家という伝耕分室もなかったのであるが、右往左往ごにょごにょやっているうちに、2年ぐらいすると、電子上の居場所(サイト)と、現実世界の居場所(黄色い家)がどちらもそろっていた。

さらに黄色い家の中身も、机や椅子や自転車やコンピュータを買い足しそれなりのしつらえになり、なぜか訪れる人が徐々に増え、それと同時に順調に酒も消費されたせいか、荒海の中、牡蠣が殻を固く重ねながら生き延びているように、伝耕もこの世の中風雪に耐えて(いや、風雪を風雪と思わず?)、つぶれずにすんで今日に至るのである。

やってきたひとがやってこれるまで、会社があってよかった。

空っぽになるほど仕事しても

結構いろんなことをやっていて、なんだか、もうここに書くことは残っていないような気がするときは幸せなのか、

単に、

次のことを考えついていないバカなのか、それはわからない。

でも、たとえば今晩はバカでもいいや、って感じも、

人生には必要なんだと思う。

 

今晩はおバカでいよう。

 

仮に、心が空っぽになるほど仕事しても、

数日ぐらいの日数をおけば、

変な分泌物が浮かぶ、異臭のする液体に覆われる心の持ち主が、

ほかでもないわたしなのだから。

そう迷っている人は少なくない気がする。

 

あなたはあなたのままでいい、というささやきと、

自分が変わらないと何が変わるのか、なぜあなたは変わろうとしないのか、という怒号が、

同時に世間にあふれ、

その両者はまるで交じりあうことのない川の流れのよう。

たまたまどちらかの川に落ちたひとびとは、

なすすべもなく、ただただ押し流されていく。

 

「伝版カレンダー」でいろいろ自分を振り返りながらワークをして確信しているのは、

私はそのままでよく、そして変わるべきである、ということだ。

 

まず、自分の中身を凝視して、

そのままの中身が自分にとって根源的なものであるかどうかを自問自答する。

根源的なもの、とは、必ずしも、脳の表面にあるこざかしいことではなく、

どうしても、これが好き、とか

どうしても、これが嫌い、とかいう、

自分の本能に近いところにあるものも含む。

 

根源的なもの自体を変えることは容易くない。

なので、それ自体を変える必要はない。

 

心身がこうむる多大なストレスを考えると、

根源的な変化を起こそうとして、

時間とエネルギーを使うことは効率的とはいえないだろう。

 

根源的なものを凝視するスタンスを保ち、

根源的なものを活かすアクションのアイデアを複数持てるように

頭を使うのである。

根源的なものを活かすアクションのアイデアは、

根源的なものについての完璧な理解の上にある。

 

自分を知る。そうすれば、自分そのものではなく、行動を変えることができる。

 

そしてやっと、人生が変わっていくのだ。

海外で働くということ

成熟しきった社会では若者がめいっぱい力を出しにくいんだろうな。

経験豊かといえば聞こえはいいが、賞味期限切れの人間が安くない給与と地位を占拠しているという状況に長い間置かれると、若い人は閉塞感にやられてしまうだろう。

昨日、経済成長率7%のカンボジアで起業した若者たちの話を聞く機会があり、そこで語る彼らの勢いを見てそう思った。

海外で働くことについて、やたらに難しく考えるのは、ゆでガエル状況に甘んじるおっさんおばはん以上の人々であり、

若い(心のある)人は、むしろ、リスクをある程度(軽めに)覚悟しながらも、何か起きたら、ブリコラージュ的手法でもって、解決することについて、苦痛というよりはむしろ生きている喜びといったような高揚を感じるようだ。

それこそ、若さ、である。

 

いままで積み上げてきたものを、「過去」とくくって捨ててしまえる勇気と、「未来」に魅了され遠くを見る視線さえあれば、

年齢的にちょっとババアでも何かできるんじゃないかと、帰り道、スキップしてみたりして。

あー楽しかった~。

と言って、一日を終わりたいじゃないか。

もう日付変更線を越えてしまったけれど、そう叫べるのなら、

幸せである。

 

楽しかったと言いながら、積み残しの質と量を冷静に考える余力。

これが同時にできるようになるのに、

ずいぶん時間がかかったもんだ。

修理する肉体

高速道路のトンネルが落下し、大変な事故になってから、あそこもここも危ない、ということになって、まあ、大変なことである。

なぜ、あそこもここも危ない、と大騒ぎになるかといえば、ヒトの高齢化とモノの老朽化のメタファーがぴったり合致して、

この国の人間と人工物が寄り添っているからである。

 

「年取るとそろそろガタがきてね、ダメになってくる。でも、どこからダメになるのか、もうひとつわからないんだよね。」

とか、

「不摂生をほっといたら、調子が悪くなってきて・・・。」

 

病院の待合室はそんな話題でいっぱいである。

しかし、ガタを直すにも、人間の一生は一回しかないから、結局出たとこ勝負なんだよね。

 

もともと木でできていて、定期的に建て替えたり、作り変えていた日本の都市。

日本のコンクリ固めカチカチ都市の歴史は長くない。

もとが石造りだった国にくらべると、メンテナンスの考え方が根本的に違う。

固い人工物で覆い尽くしたことなんて最近だから、早い話、どんな風にコンクリ日本が老いていくのか、

ほんとはよくわかってないんじゃないかしら。

 

知らないことの恐怖は知っていることの恐怖よりも、無限大に大きくなる。

日本は修理が必要な肉体なんだ。

たいへ~ん。

どんな修理かって?

よくわかんないから、まあ、やりながら考えようよ。

うん、それも新しいチャレンジでいいね。

 

けれど、

修理が必要な存在になることは認めるとして、

国が、ある形から老いていくとき、そのときの修理はみんなのやる気が出るように呈示することができるだろうか?

修理すると同時に、可能ならば全く新しくしたり、新しいものを作り続けて、

相対的に修理はちょびっと、というように見せないとダメなんだろうか。

新しくしなくても、高揚感を提供できる修理ってあるんだろうか。

 

さて、私は、

すでに修理の要る体になっており、

明後日は修理してもらった椅子をピックアップする。

修理は新しく作るよりも地味なこと。

それでも、手をかけて、愛着のわく存在感のある椅子だからこそ、

その椅子を修理した。

 

今からどんどん手を入れなくてはならない日本の都市は、

手をかけることの楽しみをちゃんと市民に訴え、巻き込みながら、

次の時代に歩みを進めていけるのだろうか。