2012年12月アーカイブ

存在に対する赦し

学校の勉強は嫌いで得意でなく、体も弱くて数々の病気をし、それを補って余りある大した才能に恵まれることもなく、そのような存在について、親族の中でも厳しい評価をされ、自分が役に立たない存在であることを思い知って、小さい頃から何度打ちのめされただろう。

いまある基準では役に立つ存在ではないことを身に染みこませつつ生き延びてきた力の源泉が、いつか、どこかの未来に私が居る場所があるに違いないと信じることができたのは、親の無償の愛のおかげ。

役に立たないことは、親にとって子供を愛さない理由にはならない。

 

ここしばらく、これまでの基準で従来の成果をあげることができなくなり、

結果、基準自体が破綻し、成果とは何かと問い続ける時代が続くだろう。

 

今も昔も親ができることは、

どんな基準であろうと、どんな成果であろうと、

愛する存在がこの世にありうるという絶対的な存在証明である。

幸せな土曜の朝

igu伝展が無事終わった週末から、そのまま週後半の2日間集中ワークショップの準備の詰めを行い、

昨日無事終わった。

 

土曜の朝の風景は、目の前に、いつものように散らかったリビングの風景もありながら、

気持ちがすっきりしているせいか、心浮き立つ土曜の朝となった。

今週は、誕生日だったせいでたくさんの方から、メッセージやお花をいただいて、

たくさんの力を蓄えさせていただいたのだな、とかみしめつつ・・・。

今週は、週末らしい予定を楽しめそうな。

 

誕生日お花

igu伝展終わり、王様来たる。

どこへ?もちろん黄色い家へ。東京銀座月光荘でのigu伝展も無事終了し、荷物がどっさり帰ってきた。

撤収から荷解きはまるで、文化祭終了後のよう。

展示された絵は、それぞれ次の行先へ。

 

クリスマスシーズン、黄色い家も飾り付けでもしようかなと思案していたら、個展の帰り、王様たちがやってきた。

「はだかの王様」絵本by igu のおしゃれな王様たちの肖像・・・。

今年のクリスマスは、王様仕様か・・・。

 

黄色い家の王様

表出していないアウトライン

伝耕もこの1月でまる4年となる。最初の2~3年ほどは何の会社なの?わけわからない!とよく言われたものである。これは、単に、「伝える」というアクション以前に、いつかは伝えることになろうが、それがいつになるのか皆目わからない要素を一か所にぶちこんで面倒をみる準備時期、いわば物事を耕す期間にいたせいである。しかし、非常におこがましい言い方かもしれないが、外目にはぐちゃぐちゃに見えていても、概念的には根は同じとしつつ個々の要素は枝分かれして、当初からかなり整理されていたのであるが。

さて、「耕し」期間を経て、「伝える」フェーズの現状は次のとおり。①商品開発・調査・ファシリテーション関連の内容はこの個人ブログがリンクされている伝耕INSIDEOUT(トップページはこちら)にまとめられ、②発想のためのアート&ツールブランド、「igu伝」については念願のカードセット「Let's imagine・・・」(継続バージョンの企画可能性もあるのでVol.1としておく)がやっと完成し、12月3日にigu伝Webサイトもオープン、東京銀座で3度目の展覧会を実施。ようやく本格的に取り組むベースができた。③オリジナルの伝版に関しては、特定非営利活動法人「楽しく伝える・キャリアをつくるネットワーク」としてプログラム化された活動が進んでおり、発信としては来年初旬に向けて、Webサイト構築の準備などが進んでいる。さらに、④今後、コミュニケーションに関するツールやその開発に関して特化して紹介する「伝耕具工房」などの発信をする予定もあるから、来年中には、「伝耕活動」自体がどういうものであるか、少なくともアウトラインは網羅されると思う。

ちなみに、伝耕は会社という形を取っているが、これは「耕してから伝える」という命題を実行するための活動を継続的に可能にする形として「会社というありよう」がとりあえず便利だから、という理由「だけ」で作ったのであって、私はビジネス自体に興味があるわけではない。この部分がビジネス自体やその発展形に重心を置いてビジネスする人々と私の間に存在する、埋められない溝、である。

一方、アウトラインを網羅すること自体なんぞ、最初は自己満足の域である。そして、それもひとつではなく、いくつかの活動を同時に成立させるためには世の中にその必要性が認められ、「自己満足」であったものがある部分「社会化」され、結果、ビジネスとして継続的に存在しうるレベルを模索しなくてはならない。ヒトモノカネが同時に潤沢であることなど、ほぼ、ありえない、というマイクロな状況にどう対処すべきか。ザ・ビジネスマン・ウーマンと私の間に横たわる溝の存在は認めつつ、その溝に橋をかけて、私とは違う視点を提供くださる方々に万事教えを乞うことになる。その点では一切迷わず平身低頭である。というわけで、たとえば嗜好品の類を幅広く愛し、さらに楽しく酒を呑めるという得意技ゆえ、素面でも酒席でもご相伴が可能であるからして、折に触れもろもろご教示を賜りたいと願っている。くれぐれも、どうぞよろしくお願いいたします(笑)。

この世に生まれて、生き切るとは、自分の存在に関してアウトラインを明確にして、そのコンテンツを作り続け、発信し続けること、と私は定義している。昨12月5日の勘三郎逝去のニュースは、歌舞伎というアウトラインを彼なりに再定義して、素晴らしいコンテンツを創造し発信し続けた結果、世の中の人々がそれを認め、そしてその継続をどれほど切望しようと、その担い手は死ぬときは死ぬ、という真理の確認である。

網羅したつもりのアウトラインの奥に、表出していない何かが潜んでいるか?と問い続けることはコンテンツを作りながらもそれを疑い、否定することになる。網羅したつもりのアウトライン自体を否定するとき、物事にはゴールがないという永遠の世界を垣間見ることになる。そしてその瞬間は、人間がMortalであるという真理の奥に沈殿するぬぐえない恐怖を一瞬忘れることができるに違いない。

来週には50代。きっと途中で終わる、が終われないという振り子的存在を自明にして突入するチャレンジの年代、ああ愉しき哉。

そして、帰国

紀行文というものが、私には向いていない、ということにして、旅行中にあったことは淑女の秘密、とする。

というわけで、

暑いシンガポールから底冷えの日本に帰ってきてしまった。

スーツケースの中を出して洗濯をして、しまう。

あれこれの成果を反芻しつつ。

 

あしたはigu伝展の搬入。

準備でごったがえす黄色い家に顔をだし、手作業のお手伝いをする。

えっと、明日から4日まで東京。

今度は冬出張の準備にかかろうか。

 

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