2012年6月アーカイブ

空気に縛られる社会

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本当に正しいことなんかわかりっこない、というある種の諦観は認めるとしても、

何が正しそうか、何が合理的でありそうか、ということを追求する姿勢と、

現状がそれと遠いとすれば、何から決めればいいのかという探る意志は重要だ。

 

大飯原発の再稼働が目前。

その存在に頼りきって、もう何も言えなくなった人がそこに住んでおり、

そういうものの存在で、とりあえず日々安寧に暮らしていられる人がその周囲に居るという状況の背景に、

第三の活断層が潜んでいる可能性が否定できず、その存在さえ、公の議論に上っていないために、

今度何が起こっても、また想定外である、という大きな罠が潜んでいる。

またもや、いつか来た道。

 

想定外のことが起こる、という前提で、どうなりそうなのか、だからどうするのか、ということを論じ、準備できない社会は、

宮台真司氏が言うように、空気に縛られたままがんじがらめな状況にある「空気に縛られた社会」であり、

「辞めるべきは、原発そのものというよりも、原発をやめられない社会」、という指摘には胸を突かれる。

技術のロジックではできていない、あやふやな人の心の集合を空気で縛るのは簡単である。

電気が止まると、どの病院も「直ちに」影響を受けそうな印象を与える情報提供を行うこと、

それこそ、物言えぬ空気で縛るための恐ろしくも効果のある方法である。

心配の種火がすぐさま点火し、瞬く間に火の手が広がるように感じるリスク事象をとりあげ、

アジテートし、態度変容を促す手法は、 マーケティングにおける訴求でよく実施されることである。

この手の専門家から、そういう指摘が聞こえて来なかったのも、

ここにまた、空気に縛られる人々の存在を強く意識する。

 

石油資源がなく、多くの人を抱え、新興国家に追いつかれ、 高齢化社会に突入している我らにとって、

エネルギー問題そのものは間違いなく、子々孫々にわたる人々の生死に関わる問題であるから、

本来ならば、原発で廃止か推進かと対立している場合ではなくさまざまなオプションを精査検討しているべきである

(という意味では、生死を左右する場として「病院」の停電を取り上げたことは、大きな現象の相似形であるという点で、

本質を突いてはいるが、その取り上げ方と伝達の仕方の背後に仕組まれた意図に巧妙さを感じる)。

 

そのエネルギー政策について何をどの順番で考えるべきなのか、という話。

エネルギーのベストミックスとは、そもそも、外部条件となる社会の有り様についてのシナリオオプションの検討を

前提としていないから、結局、現在の条件下で、今の既得権益の利益を最大化するように仕向けられるトラップにはまる枠組みらしい。

 

既得権にこだわる人間の性は、おそらく紀元前から変わらぬ姿なのだから、

それを糾弾したところで実効性はないだろう。

獲得できた何かを守ろうとする性行があり、それを可能とする能力があったからこそ、今の繁栄がある。

しかし、もう守るべきでないものまで守りすぎたことが衰退を招く道筋についてはさまざまな歴史が証明するところである。

きれいごとはない前提として、既得権益層のこだわりを初期値として、まずはこの10年、何をどうすればいいのかということに

知恵を絞るための議論を注意深く追っていきたい。

 

それさえできなければ、おそらく我らは滅び行く民となる。

 

母親である自分についてふと思うに、 

そのような議論や問題解決の場で、意味あるプレーヤーになるためには、

さまざまな勉強とそれを伝える力が必要なのであり、

自分の頭で判断せずに既得権に媚びて得られる安寧な生活を得るために勉強するのではない、

と、子どもに言える存在でありたいと思う。

第四期終了

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おかげさまで、来月から弊社は第五期に入ります。

今できること、と、やりたいこと。

やりたいことのうち、やれそうなこと、と、まだ無理なこと。

まだ無理なことのうち、何かを補えば可能なこと、と、何を補えばいいのかわからないこと。

ざっくりこれぐらいの項目に分けて、

今できることでいただいたお金を、

その他の項目に振り向けるということを試みているわけですが、

日々、勉強が尽きません。

 

自分を売り込んで雇われた会社と

自分たちで作った会社って、

おんなじ会社っていう字ですけれど、

その中身、水と油、ぐらい違います。

評論家なんかにならずに、なんでもやってみるもんです。

 

第四期末に際して、関係者が集まった雅叙園渡風亭の一室。

来月から第五期、どういう視座を持つかが問われる期です。

 

格天井の兎は螺鈿のきらきら。可憐なのかあざといのか不明です。

何を狙ってそういうありようなのか、しばし妄想。

 

chikuhanomatenjo.jpg

仕事のコツ

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「長く」仕事を続ける西道WAYは?と聞かれたら、

「仕事で出会う対象・人との間でエネルギーが循環するように意識して仕事すること」だろうと答える。

エネルギーを先にこちらから出して、エネルギー循環を促すやり方がこの方式の礼儀である。

 

エネルギー交換がうまくいくと、場が回り始め、物事はよい方にすすみ、

結果として心地よい疲労感のある達成感が得られることが多い。

 

エネルギーをこちらから出したのに何一つ帰ってこないようなやり方を続けていては、早晩燃え尽きてしまう。

逆に、

エネルギーをただただもらうばかりの状況は、傍目には幸せそうに見えるが、本人にはその価値がわからず、

それを無駄にしやすいので主観的に不幸なことである。

 

エネルギーを放出する・充填する、エネルギー循環を理想型とし、

それを感じようとする仕事のやり方を心がけるのが、

長続きのコツである、と、最近とみに思う。

術後2年

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今日はクリニックで、胸部X線、超音波、マンモグラフィー、採血の検査。

採血の検査結果は次回だが、そのほかは検査したての画像をすぐチェックして異常なしということであった。

異常なしと異常ありの間にはどれほど差があるのだろうか、と、

小さな子宮筋腫が映る画像の超音波画像を見ながら思う。

 

巣くう細胞とそうでない細胞。

搾取するやり方とそうでないやり方。

未来永劫残ってしまうものと消えていくもの。

 

毎日一生懸命生きても、このちっぽけな一生、

しかし、

ちっぽけだからこそ、自分よりも遠くに行く描線を妄想してしまうというのが人間ならば、

あとしばらくは生きながらえそうだという想定のもとに、

妄想にすぎない描線すら否定しかねない国の行く末を案じたりしている

癌クリニックの私。

台風接近

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暴風警報が発令されて、本日のお仕事は延期ということになった。

娘も学校から帰宅し、自室でまったりしている。

お三時より早い二時すぎ、思い立ってゆっくりコーヒーなんぞを淹れ、

まっくろな空と激しい雨の音を聞きながら、じっ、としていると、

しばらく存在を忘れていた心臓の鼓動にふと、耳を澄ましてみたくなる。

同時に、

昼間の二時頃にゆっくりできる生活って、かなり贅沢、ということに気づく。

 

Mademoiselle Typhoon!

ありがと。 

神経の削り方

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あまりにも大きな違いがあるところに身を置くと、

小さな違いについて神経を使いすぎても

何の役にも立たない。

 

逆に、一見してほとんど違いがないように見えるところに身を置くと、

おおざっぱな神経の使い方をしても、

何の役にも立たない。

 

あまりにも大きい、もしくは、ほとんど違いがない、と感じる主体の基準値は、

それ自体が様々な値をとる自由なものなので、

基準値から見た神経の削り方の大小は、

常にどこまでも、相対(そうたい)的な世界である。

 

ある基準値をもつ主体Aが

自分の神経の削り具合を、置かれた環境によって、

大小調整できるのであれば、その主体Aは

適応能力がある人、と称されるのだろう。

 

さらに言えば、どの削り具合をもってして、

そこに居る人と相対(あいたい)するかについての判断、

つまり削り具合のチューニングが、

コミュニケーションを円滑に進めるための基本になるんだと思う。

 

そして、削り具合のチューニングは、それをトレーニングされるような

環境に置かれたことがないと、身につけることが難しいんじゃないかと思う。

 

グローバル人材って何?という話題が今朝TVに上っていて、考えたこと。

現場考

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レヴィ・ストロースや南方熊楠などの偉人。

当時のいわゆる知識人が誰も価値を見出さないフィールドに入り、

そこで誰もその端緒すら思かない法則について、

現象から常に仮説をつくっては壊し、壊しては現象を見てさらに改変し、

自分の脳とフィールドノートの中に偉大なワールドを築いていった。

 

孤高の人と呼ばれる彼らではあるが、仮に彼らにそう伝えたならば、そう呼ぶこと自体、

近代化された人間という一部の視点で事物を意識しているだけだ、と一蹴されそうである。

 

この偉人たちのレベルからすると、なんちゃってフィールドの域にすぎない仕事の疲れから

今日は回復。

 

現場に出て観察・経験したことから、ある枠組みをひきだす魅力にとりつかれていることに気づく。

 

もう一度、きっちり身体を鍛え直そうか。 

代休月曜の朝

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土日とフルに働いたので、本日月曜の午前中は代休とした。

といっても、週末にできなかった洗濯や家事をしみじみこなしているだけなのであるが、

梅雨の晴れ間は暑さも厳しくなく、すごく気持ちいい! 

今朝はまさにそんな感じの希少な気候。

週末働いた充実感と、今休める贅沢感でなんとも幸せな感じ。

 

あと、3時間、ゆっくりするぞ~。

 

現場の力

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体力が落ちてくると、現場に行くのがおっくうになるところ。

でも見てみないと、やってみないとわからないことも多い。

それを経験しないと本質にたどりつけないのか、

それを経験せずとも本質にたどりつけるのか、

今もってわからない。

 

現場の力とそれを認識する力、

それを捨てたくなくて、

この土日もフィールドに出る。

天体ショー

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日食や部分月食、金星の太陽面通過などなど、ここしばらくは天体ショーが続いていた。

現在、6月6日午前8時過ぎ。金星が太陽面通過しているらしいけれど、

大阪は雲がかかっていてあいにくと見えない。

 

次回の太陽面通過は100年後ということだから、

今この機会に恵まれた人は、ほとんど生きていないということになる。

 

別に太陽面通過だけが一期一会なのではなく、

今日の一瞬一瞬が一期一会なのだと言い聞かせて、

一日をはじめることにしよう。

気功でリカバリー

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エネルギーの充填がなかなかできないというのは、どこか不調な証拠である。

ここ一番、さっと調子を変えたければ、気功に頼ろう、というわけで、久しぶりに気功に行く。

どれぐらい久しぶりかというと、乳癌手術前だからほぼ2年前。

 

あまり真に受ける人も少ないが、私がきっとそうだろうと思っている因果関係は、

気功→血流の活発化→出血という順序で乳癌が見つかったということだ。

2年前、胸と背中にどうしてもとれない不調があって、気功に行ったその翌日、

胸から出血。何なのかよくわからなかったが、翌々日も出血。

おかしいと思って、乳癌クリニックに行ったのが事の発端だった。

 

あれから時が経ち、今の私はホルモン剤をぱくっと一粒のんで走り回る元気な日々。

 

気功師さんありがとう。

不義理をわびながら、またゴチゴチの身体に気をいれてほぐしてもらう。

ぽかぽか、気持ちいい~。

本日休業

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まさに廃人のような日曜。

洗濯も終わってない、掃除も手つかず、夕食の買い物に行くのもイヤ。

 

ひたすらだらだらだら。

人よりも体力があったら、とか、能力があったら、とか

若い頃はうらやましい時期もあったような気もするが、

今はそんなことはどうでもいい。

 

人の欲の形を見抜いて、お金に換える仕事をしすぎることが、

次の世代にとってどこまで本当の価値があるのか、

最近よくわからなくなった。

 

というわけで、やりすぎる前に、廃人のようになって、

使い物にならなくなることも重要なのだ。

たらたらたららら~。