働くママへ:家事・育児を大手を振ってアピールしよう

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遅まきながら、

家事・育児を「すっごく、えらそー」に私の仕事としてカウントすることにした。

当たり前じゃないか、とおっしゃる向きもあると思うが、

これがなかなか難しかったのだよ。

 

私に限らず、

母親であり仕事を持っている女性は、実はあまり家事・育児のことをオープンに語らない傾向がある、と思う。

なぜか?

語っても評価されないだろうという見切りと、語ると「自分のできていなさ加減」に向き合う自己嫌悪感と、

さらに、その問題を問題として語りすぎると、

家事・育児ごときで忙殺されている=ある種無能の証と烙印を押されてしまう恐怖感もあるだろう。

 

また一方で、何らかの形でアウトソースしている場合は、

それはお金をかけてアウトソースしているのか、

はたまた実家のお母様などにお願いしているのか、によってかかる費用はピンキリで、

お願いするにしろ、雇うにしろ、そのマネージメントの方法はさまざま、になるから、あからさまに語るには微妙なトピック満載となる。

 

家事・育児のハンドリングは、①有能と無能、②お金かけるか、人持ち(お金じゃなくて手伝ってくれる社会資本がある人)か、等々 

心理的・経済的・社会的要因が絡んでそのマネージメントは複雑きわまりなく、意外とオープンに語れるものではない。

だから、何気にこなしているように見える人でも、それに至ったプロセスも含めると、

はっきり言っておこう。

 

大変なのだ。

 

家事・育児のモジュールのひとつひとつを丁寧にすると際限なく時間がかかり、仕事が出来なくなる。

手を抜きすぎると、日常生活に支障をきたして、生活ができなくなる。

 

この、「仕事が出来なくなる」ことと「生活ができなくなる」ことの両極端を行ったり来たりしながら、

日々過ごすありようをデータ化してみれば、

「どちらかというと仕事が出来なくなる程度の家事・育児時間」と

「どちらかというと生活ができなくなる程度の仕事時間」には結構ばらつきがあり、

平均値は中央値に近くとも、分散は結構高いと想定される。

 

さらに、育児のモジュールは成長によって変化する。

ちょっと大きくなっても学校関係の役員なんかが廻ってくると、

2週間を切ってからでも当たり前のように昼間の時間がブロックされる(もう予定決まってるっちゅうねん)。

「仕事をしています」というと逃げているようだから、その逃げ口上も頻繁に使うと問題があると思えば、

ムリして仕事の予定を変えてみたりする。

この手の活動には、中央値も平均値もない。

あるのは外れ値、である。

 

とにもかくにも、家事・育児・仕事を鼎立させようとすると、数々の振幅の大きい活動に身を委ねることになる。

振幅の大きな活動に対しては、その対応の定型化が難しいから、その場しのぎ、とか、その場限り、と思えるような対処も行う。

 

鼎立生活には、日々振ってくる振幅の大小のある課題に対して、内容把握力、対応の柔軟性などの問題解決能力が常に問われているのだ。

 

だからこそ、

何とかがんばって鼎立生活を成り立たせている働くママがビジネス面でも有能であることが少なくないのは当たり前である。

日々、「危機管理トレーニング」的な内容に充ち満ちているのだから。

 

さて、この種々様々な家事・育児の仕事を、それでもなんとか形におさめようと思うと、定型を作らねばならず、

その定型が、必要十分であるかの検討も求められる。

 

何もしない外野は、そういうことについて、モジュール化しろよ、な~んて簡単に言う。

ただ、アドバイスはくれても、モジュール化するまでに必要な、

バリューチェーンの網羅=「一つ一つの家事・育児項目を書き出して整理すること」の

お手伝いさえも簡単にコミットしてくれない可能性がある。

その作業を、仮に一緒にやってくれたとしても、

それをモジュール化するプロセスの中で、バリューチェーンが膨大かつ複雑すぎることに気づき、状況適応した方が得策ということになるか、

はたまた、大きなモジュールのチャンクが自分に降りかかってくる恐怖を感じて逃げ腰になり兼ねない。

 

さらに、問題の根を深くしているのは、家事・育児・仕事すべてを鼎立させた先輩ママが意外と現役に冷たいことである。

 

「私はもっと大変だったのよ」

 

この構図、誤解を恐れずに書けば、幼い頃にDVを受けて育った親が自分の子どもに愛情を注ぐことが難しくなるという傾向に似ている、と思う。

いや、もう一度誤解を恐れずに、と念押しして書くと、少し前の世代で家事・育児・仕事をサポートなしに鼎立させたママは、

日々DVに耐えているような面もあったろうと思う。

「今の方が、相対的に楽にはなった。それでも大変であることはわかるが、自分はもっと大変だった。」

という思いがどこかにあって、今のママを応援する暖かい手を心理的にも具体的にもさしのべにくい、という推測も成り立つ。

 

根深く興味深い問題満載である。

 

で、私は、 

 

じゃあ、「家事・育児・仕事の鼎立」を「マネージメント」視点で捉えるお手伝いを何かしなきゃ。

さらに、この「鼎立マネージメント」の有効性を世間にアピールして、きちんと評価してもらわなきゃ。

 

そうなってはじめて、パパも大手を振って、家事・育児活動に参加できるんだと思う。だって、ほら、テーマは家事・育児じゃなくて、

マネージメント、だからね。

 

と強く思うのである。

 

 (この4月に登記された「特定非営利活動法人 楽しく伝える・キャリアをつくるネットワーク」について、その活動の中身について

具体的にどうするか、思いを巡らせながら、一人IDEATIONとして。 )

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