母の日に寄せて

| コメント(0)

慈しむ、というコトバは、自分が母親になってから、

その意味がなんとなくわかるようになった。

 

慈しむ、とは、単に育むことでなく、一方的に愛することでもなく、

励ますことでもない。

 

ことさらに何をせずとも、ただ相手を大切に思う気持ちで心をを一杯にして、

それを押しつけず、ただ、見つめ、寄り添い、相手を感じる。

 

ふと、慈しみの対象としての自分に気づくとき、人は心の平安を得る。

 

慈しみの対象で「ある」ことと対象で「あった」こと。 不思議なことに、慈しみの対象で「ある」ことは見過ごされ、

 

ふとした拍子に、自分が慈しみの対象で「あった」過去を覚醒し、

心の平安とともに、当時の未熟さを恥じるのであるが。

 

 

 

第三の視線.jpg 

コメントする