2011年12月アーカイブ

伝耕ブログリニューアルについて

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伝耕のブログ改新をします。

そのため、ブログ全体を明日からしばらくお休みをさせていただきます。

リニューアルオープンの第一弾は、2月頃になる予定です。

 

リニューアルの形ですが、株式会社伝耕の事業について各々分けた発信形態とします。

まずは、2月初旬までに、

①マーケティングのための顧客理解(調査)部門「伝耕INSIDE OUT」、

②作家iguと伝耕のコラボレーションによる、コミュニケーションをアートで促進するためのブランド「igu伝」、

これら2つのブログを立ち上げます。

 

また、現在、「伝版(=コミュニケーションの型紙)」を活かしたNPOを申請中ですので、

こちらは伝耕からスピンアウトさせる形となり、 

③NPO発足予定後の来春5月頃を目処に、NPOとしての発信を始動させる予定です。

 

そして、このブログは、

④伝耕するひとびとの個人ブログ、としての位置づけとして簡略化され、

今、書かせていただいている「西道広美」の日記はそちらで継続する予定です。 

 

いろんな小さきものたちを、いっしょくたに抱えていたこのブログ、

オープンして2年半、会社設立3年の節目に、

孵卵器に入っていた各々の活動にそれぞれの発信舞台を用意して3つ、

個人ブログを合わせて合計4つに分かれることになりました。

 

これまで、それぞれの活動に対しさまざまなご支援をいただき、

伝耕メンバー一同、ほんとうに感謝しております。

加えて、個人ブログにて日々の「つらつら・ぐたぐた」にもおつきあいくださり、

恐縮でございました。

 

リニューアルオープン後はそれぞれの発信舞台でお会いすることになりますが、

引き続きどうぞよろしくお願いいたします。

 

さて、今年もあと2週間となりました。

本ブログにて年末年始のご挨拶ができず、心苦しい限りです。

どうかくれぐれもお元気でお過ごし下さい。

そして、希望の種を大事に抱え、

よいお年をお迎え下さいますよう。

 

また、お会いしましょう!

合掌。 

 

         株式会社伝耕 代表取締役   西道広美

ヒッグス粒子

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物質が質量を持った謎が解ける。

門外漢には、これが謎となることが驚きである。

もともと質量を持たない素粒子がヒッグス粒子に邪魔されて減速され、光速よりも遅くなると、質量を持つ???

 

わかったようなわかってないような。

きっとぜんぜんわかってないんだろうな。

 

東京でパタパタ仕事をしている午後、なんだか、ふと、自分の頭の限界を明確に意識する。

そういう瞬間も必要だ。

 

 

 

サンタラン

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皆既月食の翌日、早朝の月。

西の空にぽっかりと。

早朝の月.jpg

お昼は、大阪城公園で、チャリティイベントのサンタランで3キロだけ走る。

青屋門を抜けるサンタたち。

太閤さんもびっくりでしょう。

早朝ウオーキングの成果?か、3キロ、一応、ちゃんと走れました。

よしよし。

 

 

 

サンタラン青屋門.jpg

誕生日の夜

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ぐっと冷え込んで、

冴え渡る空。

月がきれい。

 

私は49才になった。

 

いい年をしたおばはんが、

「私は49才になった。」などと、

感傷をちらつかせた台詞をはける、

甘っちょろい時代、ぬるま湯の幸福、

 

しかし。

湯は底からだんだん冷えてきて、いつかは氷河に囲まれる。

どこからどこへ向かうのかわからないまま、

漂うためだけにノアの方舟が密かに作られる時代。

 

この時代の空気を吸ったり吐いたりしながら、、

わけもなく、

皆既月食を心待ちにする、夜。

成道会の名残

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早朝、いつものように四天王寺にお参りに行くと、

(写真では見えないけれど)夜明け前、仏足石の上に、花。

 

仏足石.jpg

 

調べてみると、昨日の8日は、お釈迦様が悟りを開かれた日であるらしく、四天王寺境内の諸寺法会が行われたとのこと。

この日から、お釈迦様の足は、ふつうの人の足ではなく、「仏足」となられた。

ある日を境に人の運命がまったく違ったものになる、ということについて思いを馳せてみた。

 

 

すっからかん

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最近毎日、いろんな文章をけっこうたくさん書いていて、

このブログで自分のことを語るときには、すっからかんな状態にある。

問わず語りのモノローグがないということは、

もうすでに出し尽くした後ということだから、

きっと心が健康な証拠に違いない、と思うことにする。

 

仕事という行為の本質って何だろう。

一日の終わり、まったく気持ちよくすっからかんに感じたとき、

それまで自分の中に入っていた中身のことを言うのかな。

 

 

 

平等な朝

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早朝のウオーキングも4ヶ月目を迎えて、日常に定着した感がある。

重要な点は、夜明け前に家を出ることだ。

12月の朝の5時半は暗い・寒い・怖い。

寺町で家の周りは墓だらけだし、行き着く先もまた四天王寺境内の中なので、

さらに墓だらけである。

寒いのにさらに真っ暗だから体中ぞくぞくするに十分である。

 

この時間、歩きながらあちこち見渡しても真夜中と変わりない。

もう永久に朝なんか来ないんじゃないかと思うけれど、

今の季節、6時前に空がなんとなく明るくなって、光が射してくる。

どんな人にも、どんな状況にあっても、必ず夜の後に、朝が来る。

妙だけれど、毎日歩いていて、夜が明けないかも、と一瞬思い、

やっぱり朝が来たと毎日ほっとする。

 

そういうことを身体にしみつけることは、きっと悪くない。

夜が明ける前の一連の時が無事であったことに感謝し、

またやってきてくれた朝から始まる時の無事を祈ることができる

その状況が語る幸せの重みに気付けるから。

 

 

生まれ月

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生まれ月の12月、年を重ねるということにもう慣れっこで、

年を追うごとに欲しいものがどんどんなくなってくる。

それでも、

「ママ、何が欲しい?」と聞いてもらえるのはうれしいことだ。

 

みんなで、さっくり、近場の温泉にでも行こっか。

お知らせ

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このブログ、15日でいったん閉めます。

新しいブログを作るので、お引っ越しの作業のため。

もう一度お会いするのは1月20日過ぎ、

15日まで、もう少しおつきあいください。

Always Student

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これはDavid Sanbornのことば。

彼自身が年上のミュージシャンから学んだことらしい。

 

Life is short, Art is long.

この真理、年を重ねるほど思い知らされるものとなり。

 

ただし、「勉強させていただいています」という表明にも真贋がある。

心底からそう思っていないと、

単なる、自己卑下&安全牌的な社交儀礼にしか聞こえない。

メッキがはがれやすい言葉なのである。

 

「Always Student」

心の中に強く持ち続けるものであって、そうやすやすと人前で表明することではないのだろう。

心の中に強く持ち続けていたSanbornだからこそ、このことばに説得力がある。

 

 

チョ・ソンジンのこれから

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木・金と、東京でぱたぱた仕事をして、いろいろな人々と楽しくお会いして、今日は帰阪の日。

直接、家に帰らず、シンフォニーホールに寄り道して、チョ・ソンジンのピアノリサイタルへ。

 

チョ・ソンジンくんは、なんと、まだ17才の高校生なのである。

とっても色がしろくて、歩く姿はすっとしている。

やさしくて、きれいなオーラがすでに彼のまわりにはある。

 

シンフォニーホールでピアノを聞くのは、2Fから、ピアニストの背中ごしがいい。

ピアニストの背中を見ながら、

肩胛骨とそのまわりの筋肉の動き方と音の印象との関連をシミュレーションして聞くと、

いろんな発見があるから。

 

チョ・ソンジンくん、ピアノを弾いている後ろ姿は、「たこ」みたい。

誤解のないように書き留めておくが、これは、ほめ言葉、なのだ。

彼のピアノは柔軟で強靱。ロケット発射みたいに鋭く移動したかと思うと、

どこが動きの切れ目かわかんないように、ふわふわ浮いている。

低音の響きは深くて強烈。テクニックは秀逸。

 

先月、シンフォニーホールで聞いたサラブレットが弾くように見えたユリアンナ・アブデーエワとは全く異なる印象。

「たこ」と「サラブレット」なんて、ひどい対比に思えるが、私は、「たこ」弾きのチョ・ソンジン、すばらしいと思う。

殊に前半の演奏、ショパンのバラード第四番ヘ短調の演奏後、ブラボー、と、立ち上がる人が10人程度。

この若さの演奏家に対する聴衆の評価としてはシンフォニーホールであまり見ない現象。

 

ところが、である。

休憩をはさんで演奏のあったリストの「愛の夢」はなんだかさらっと終わってしまい、

その次の演奏は、リストの「ピアノ・ソナタ ロ短調」であったが、

曲の解釈と構成がいまいちだった。

これは私がすごく好きな曲だけに、ちょっと残念だった。

 

ところが、ところが、である。

チョ・ソンジン、アンコール曲.jpg

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アンコール曲はどれもすばらしく、特に、スケルツオ第二番は秀逸だった。

弾き方を見ていても、リラックス感があって、音にのびがあった。

 

ああ、そうなのね!

リストの「ピアノ・ソナタ ロ短調」、きっとすごくプレッシャーだったんだ。

ショパンはそもそも各曲の主題が明確だし、リストのラ・カンパネラも同様にわかりやすい。

彼ぐらいの技巧があれば、余裕でハイレベルで弾きこなせるはずだし、実際そうであった。

 

対して、

リストのピアノ・ソナタロ単調は、要求される技巧も高度ならば、曲自体がそもそも複雑な内容、30分ほどかかる長い曲。

であるからして、 どう構成していくか重層的な世界観作りが必要とされる。

高い技巧と、単純ストーリーのドラマ化だけではすまされない。

これが難曲たる所以だろう。

 

でも、17才でこの曲が完成している必要はないし。

彼の成長の証として、いつかまた、リストの「ピアノ・ソナタロ短調」を聞きたい。

また行くからね! 期待してます!

同窓会

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今日は、かつてお世話になった会社の同窓会があって、

たくさんの懐かしい面々と楽しい時間を過ごせた。

生きて会えるというのは、当たり前に見えて、その実、非常に脆い。

それを自分なりに了解した上で、参加したはじめての同窓会。

しみじみ愉しい2時間であった。

 

セッティングしていただいたAさん、そして、いらしていただいた方々、

ありがとう!そして、どうか息災で。