泣きたくなるぐらいのいい天気で。

| コメント(0)

本当にきれいな五月晴れだ。

いのちがかがやく、ということばにふさわしい陽光。

 

こういうかがやきをうけとめる存在でありつづけるには、

どうしたらいいのだろうか、と考える。

きっと、いのちがかがやくことを信じることだ。

かがやきは損なわれたり、失せることもあるが、それを取り戻すことはできると信じることだ。

 

朝から快晴の今日、

ナショナルジオグラフィック、東日本大震災の動画を見て泣いた。

たくさんのかがやくいのちが失われたことに泣いた。

 

80年代に学生時代を過ごし、バブル真っ盛りで育ったわたしは本当に馬鹿な学生だった。

たくさんのエネルギーを使って、消費し、浪費することがもてはやされ、

それを可能にする、地位やお金を早く得るよう動機づけられた。

その前の世代がもがいたような、知性がよってたつ場所への思索がないまま、

お金でまわる社会からの要請をはやく身につけ、経済活動に従事し、

消費し、浪費し、それらを誇示する存在になれるよう努力していた。

すべてがまちがっていたとはいえないが、完全に思慮の欠けた努力である。

どういうものに依拠して、知性を発動するか、ということが問われず、求めようともしなかった愚鈍な時代。

 

そういうわけで、我らの世代は、ひときわ馬鹿で、その因果が今のフクシマにあらわれている。

 

泣きたくなるぐらいのいい天気だ。

 

コメントする