ブログは日記だ。
「活用法」なんて下心満載のありようも勝手だが、基本は公開日記だ。
公開日記のいいところは、一応、公開だから、意味がわかる日本語で書き残そうという
自分なりのシバリ基準が満たされることだ。
非公開日記ならば、なんとはなしに張り合いに欠け、毎日は続かないだろうし、ミミズがはったような字で綴られ、
意味不明の文章となるに違いない。
それに対して、ちょっとは体裁を整えなくてはならない公開日記は、よそ様には価値がなくても
自分の記録としては最低限の客観性が保たれて、しばらく日が経ったあとのレビューにも耐える。
昨年の今日は、乳癌検査手術入院の退院翌日。
たしかまだ傷の跡が痛む胸をきつく巻いて、奈良、薬師寺に行き、
修復前の東塔を前に思いを馳せていたのだった。
修復後は生きているのだろうか。
修復の終わった10年後にまた来ようねという約束が、
申し訳ないけど、少女っぽく感傷めいて、ばからしく感じたことを強烈に覚えている。
だって、生きてるか、死んでるかわからないんだから。
会えないかもしれないのである。
だからこそ、今、ここにいるんじゃないの。
10年後、会おうなどと、安易なことを言うな、
そう思った、たしか去年は。
今年も、その心持ちに基本、変わりはないが、
会えないかもしれないしね、そのときはそれなりによろしくね、とやさしく言えるのだ。
具体的に、誰が、というのでも、どういう事情によって、でもなく、
人生、いろいろなことが起こるから。
日記による自分レビューが少しできるぐらい、ブログがたまってきた。
まずはそれができたことに乾杯。
重低音で、被災地のことをずっとおもいながら。
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