「ゆずり葉」 河井酔茗作

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子供たちよ。

これはゆずり葉の木です。

このゆずり葉は

新しい葉が出来ると

入り代わってふるい葉が落ちてしまうのです。

 

こんなに厚い葉

こんなに大きい葉でも

新しい葉が出来ると無造作に落ちる

新しい葉にいのちをゆずって。

 

子供たちよ。

お前たちは何を欲しがらないでも

すべてのものがお前たちにゆずられるのです。

太陽の廻るかぎり

ゆずられるものは絶えません。

 

輝ける大都会も

そっくりお前たちがゆずり受けるのです。

読み切れないほどの書物も

みんなお前たちの手に受取るのです。

幸福なる子供たちよ

お前たちの手はまだ小さいけれど。

 

世のお父さん、お母さんたちは

何一つもってゆかない。

みんなお前たちにゆずっていくために、

いのちあるもの、よいもの、美しいものを、

一生懸命に造っています。

 

今、お前たちは気が付かないけれど

ひとりでにいのちは延びる。

鳥のようにうたい、花のように笑っている間に

気が付いてきます。

 

そしたら子供たちよ。

もう一度ゆずり葉の木の下に立って

ゆずり葉を見るときがくるでしょう。

                   

                  河井 酔茗

 

***

大震災後によく見かけるフレーズ、「これからの日本のありようを考える」。

こう表現してしまうといきなり抽象的で偉そうで、

そんなのノーブレス・オブリージュを自覚するエリートだけが考えればいいこと、と

ついつい傍観してしまいそうになる。

 

この詩は娘が小学校卒業直前に学校からもらってきたプリントに掲載されていたものだ。

しみじみ読んでいるうちに、

「これからの日本のありようを考える」というテーマが、

「何をそっくりゆずれば、無造作に落ちることができるのか」という問いに言い換えられた。

その瞬間、この問いがはじめて身体化され、腑に落ちたような気がした。

 

当然、まだ答えのかけらもなく、

問いだけが、今、このからだのなかにあるのだけれど。

 

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