2011年3月アーカイブ

仕事があるということは、

①自分が必要とされているということである。

営利に関わる仕事であれば、②お金が入ることでもある。

仕事を適度にすれば、③心身ともに活発にもなれる。

なので再建にあたって、仕事があるということはとてつもなく大切なことなのだ。

 

当座、仕事がないということは、自分が必要とされていない感じがして、お金もなく、心身ともに不活発になる。

 

すべてをもぎとられた人に、今後、どんな仕事をして生計をたてようと提案するのか、もしくは一緒に考えようとするのか、

今後、そのあたりが、最も重要になると思う。

しかし、私一人では、とうてい「そのあたりをそのまま」を受けられないから、

この問題の百万分の一でも、何ができるか、ということについて、

ない知恵を絞ってみようと思う。

楽しいもの、美しいものの価値

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目の前にある苦難や苦悩は所与として、

一回で乗り越えられずに、足で蹴飛ばすだけでもよいから、

もう少し遠くに行くための一歩を踏み出すためには、

楽しいもの、美しいものに触れることも大切なんだろうとおもう。

 

直視しすぎると、じぶんを傷めることがある。

目をつぶって、違う世界を夢見ること、

じぶんに夢見る力があると思い出すことで、

蹴飛ばすだけの力が、乗り越えられる力に変わっていく、

そういうこともあるんじゃないかとおもう。

 

数字や事実の寝床となる文脈について思いを馳せると、

楽しいもの、美しいものでできた、寝床の文脈にのせてあげた方が、

みんなの力になるに違いない、とおもう。

 

おやすみ

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昨日は、ブログをおやすみしました。

それは、とにかく、できるだけ携帯はさわらない、PCはさわらない、と決めていたからです。

 

あえて、おやすみの宣言もしませんでした。

今後、おやすみの宣言がいつもできるとは限らないからです。

 

古くからある温泉に行き、夕暮れ前から夕暮れまで、その旅館の庭の中にある露天風呂で、まんじりとしておりました。

だんだん薄暗くなってくる空を眺めながら、何が見えて何が見えなくなっていくか、刻一刻確かめながら、自分の身体を癒しておりました。

 

実は、昨年、入退院をしてから、はじめて、外のお風呂に行きました。

 

それまでは、何も不自由がなく、当たり前にできていたことが、

ある前提を満たしてはじめて可能であり、実はその前提こそが幸せだったことに気づき。

 

さらに、こんなことでもしなければ、

気づきもなかったであろう、自分の感受性の限界を知り、

そういう自分に80%開き直り、20%変革を試みる、

新たな力加減に挑戦する、そういう日でした。

見極め

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2度原爆投下された国、

そして、奇しくも、

津波でやられた原発から放射能がしばらく出続ける国。

 

どちらも世界に類を見ないこと。

その前提の可否を横に置いて、「○○された」という形で高まる被害者意識。

 

しかし、想定外、というのは想定する主体が「人」なのであり、

「人」の能力を超えるということを想定する「無知の知」が足りなかったという点において、

人災である。

 

 

今後、どうするのか、について、

どの程度さまざまな権力と利害の構造を含めて、論じきり、進めることができるか、という点を見極め、

子孫を残すに値する国なのかというとについて、判断しようとしている層がいるような気がする。

お祝い

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ささやかだがすてきなお祝いの会をした。

 

修士卒業おめでとう。

1年ぶりに会えておめでとう。

新たな展開におめでとう。

おいしいご飯におめでとう。

 

いろんなものごとに、おめでとうをつけてみたら、

一見、些末に見えることの裏にある、前提にも感謝したくなる。、

棲み分け

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フクロウとワシ。共通点は、獲物(ネズミなど)が同じこと。

夜行性のフクロウと日中活動するワシは、行動時間が違うのでともに暮らしていける。

エサを獲得する行動をワークとすると、行動時間が違うということは、つまり同じ仕事をワークシェアすること。

一本の草にしても、柔らかいところを食べるのがシマウマ、しばらくして草がのびて、固いところを食べるのがカモシカというわけで、

分け合っているらしい。

 

全く違う役割を固定的に押しつけるのではなく、時間差を利用して、棲み分ける、というのがどうも自然界の知恵のようだ。

電気の利用にも、この夏、「いろんなサマータイム」などを活用して、うまく需要と供給のバランスを整えられないものか、と思う。

 

 

 

「ゆずり葉」 河井酔茗作

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子供たちよ。

これはゆずり葉の木です。

このゆずり葉は

新しい葉が出来ると

入り代わってふるい葉が落ちてしまうのです。

 

こんなに厚い葉

こんなに大きい葉でも

新しい葉が出来ると無造作に落ちる

新しい葉にいのちをゆずって。

 

子供たちよ。

お前たちは何を欲しがらないでも

すべてのものがお前たちにゆずられるのです。

太陽の廻るかぎり

ゆずられるものは絶えません。

 

輝ける大都会も

そっくりお前たちがゆずり受けるのです。

読み切れないほどの書物も

みんなお前たちの手に受取るのです。

幸福なる子供たちよ

お前たちの手はまだ小さいけれど。

 

世のお父さん、お母さんたちは

何一つもってゆかない。

みんなお前たちにゆずっていくために、

いのちあるもの、よいもの、美しいものを、

一生懸命に造っています。

 

今、お前たちは気が付かないけれど

ひとりでにいのちは延びる。

鳥のようにうたい、花のように笑っている間に

気が付いてきます。

 

そしたら子供たちよ。

もう一度ゆずり葉の木の下に立って

ゆずり葉を見るときがくるでしょう。

                   

                  河井 酔茗

 

***

大震災後によく見かけるフレーズ、「これからの日本のありようを考える」。

こう表現してしまうといきなり抽象的で偉そうで、

そんなのノーブレス・オブリージュを自覚するエリートだけが考えればいいこと、と

ついつい傍観してしまいそうになる。

 

この詩は娘が小学校卒業直前に学校からもらってきたプリントに掲載されていたものだ。

しみじみ読んでいるうちに、

「これからの日本のありようを考える」というテーマが、

「何をそっくりゆずれば、無造作に落ちることができるのか」という問いに言い換えられた。

その瞬間、この問いがはじめて身体化され、腑に落ちたような気がした。

 

当然、まだ答えのかけらもなく、

問いだけが、今、このからだのなかにあるのだけれど。

 

苦難

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というのはなぜか、次から次へと襲いかかる。

負の連鎖として。

 

今日明日の命の不安、ずっとあとの命の不安。

どちらの不安もセットでやってくるのが「真性」苦難であるが、今はそんな感じ。

 

見つけたり作ったりするのは得意で大好きだけど、作ったあとに起きるあれこれを調整して、処分することに

動機が高まらず、美しく処分できても相当の評価をしない「不完全な理性と感情の種」、というのが私の人間観。

 

ヒトという種にも、「スカラベ」、つまり「ふんころがし」のような特殊な族があって、

作ったもの、出したもの、について、「処理」することが得意な専門的なヒトグループがいたらどうだろう。

同時に、このグループは、世界の中で、「作る」グループに伍して、高い立場にあり、尊敬されるべきものとして運命づけられている。

 

そんな権威ある「スカラベ」グループによる長期的な役割演技を想定しないと、明日が見えない。

消防庁サムライも重要だが、それだけでは事態は収拾しない。

 

地球は、最近、コリがかたまっていたのでちょっとストレッチをしただけなのに、

長い間、好き勝手を許して住まわしてやっている人間が、

これまた勝手に増幅させた物質で汚されていく、と

立腹しているにちがいない。

夢みる

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時間軸

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家を失った母は、2年の間、周辺都市を含め4回引っ越しをしてやっと落ち着いた。

ここでもない、あそこでもないと、放浪した末である。

ライフステージ上、震災当時の住処を永住の地として認識していた人間にはこの回数は辛かったと思う。

自分たちも状況に応じて引っ越ししたから、我が家の分も合わせると、2年間で6回の引っ越し。

荷造りもうまくなったものだ。

 

最初は被災してみんな同じに見えても、それぞれの事情で立ち上がり方やおさまり方が異なってくる。

避難所へのロジスティックスの問題が解消し、最低限、生きるのに困らなくなった時点から、

今後どう生きるか、という問いが、たいした準備もないままに、問われる。

そして、その問いに答えるために個々人が試行錯誤する期間は、数年間続く。

 

たとえば、テレビカメラの前で気丈に見える人は、そう見せないといけないという意識が前に出て、

今はテレビの前でそう振る舞っているのだ、と理解するのが順当だ。

人間はがんばれるが、しかし、その分だけ疲れるのである。

 

仮設住宅ができても、それは仮設なのであるから、とても短い期間で「次から次」を考え、決め続けなくてはならない。

「次」を考え続けることが仕事であり存在理由である経営者や起業家はまだしも、

ほとんどの人はふだんからそういうマインドにはない。

「次から次」に疲れてくる人も多いだろう。

 

食べ物の状況はニュースになりやすいが、食べ物が行き渡るとますます大変な状況になる

トイレのことは報道にふさわしくない内容なので、あまり話にのぼらない。

これは物資だけで解決する話ではないからだ。

トイレに行きたくないから、食べたり飲んだりするのを我慢して、便秘になったり、その他身体が不調になる人も多い。

人間は活動したら眠る、食べたら出す、生きていればさまざまな分泌物を出し続け、がんばると疲れる。

陰陽のバランスがうまく流れるようにすることがとても重要だが、報道のしやすさにおいて、「陽」の話だけが

話題に上りやすく、「陰」のサポートは話題に上りにくいので気になる。

 

「がんばると疲れる、疲れから回復して、またがんばる、そしてまた疲れる...」という、

「次から次」状態が数年間続くという想定して、私にできることは何だろう、とここ数日間考えている。

覚え書き

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何度もブログに登場の、鶴見俊輔先生の「もうろく帖」。

大震災後に、昨日はじめてぱらぱらとページをめくると、

内容について、これまでとは違うひっかかり方をしていることに驚いた。

とくに引用先がないものは、鶴見氏自身のことばである。

なぜ、ひっかかったのか、ということについて、

おいおい自分の中で、ひきだし、ひもとき、くみたてなければならないことのリストとして。

 

***

正しいものだけが

正しいのではない。

(まちがいでしきつめられた人間の思想史を導く糸)

 

***

信ずることは、どこかで思いきることだ、と私のダディはいった。

一度信じた人間が、自分を傷つけても、それは傷つけた人間が悪いのではなく、

信じた自分が悪いのだ。        大沢在昌「烙印の森」

 

***

大きい死のなかの小さい生

 

***

情報最大・叡智最小           丸山真男

 

***

未成熟な人間の特徴は、理想のために高貴な死を選ぼうとする点にある。

これに反して成熟した人間の特徴は、理想のために卑小な生を選ぼうとする点にある。

                        ウィルヘルム・シュテーケル

 

***

土地と疎遠になった想像力は、すぐ理論の毒にやられる。   フラナリー・オコナー

 

***

論争において過剰防衛を自分に許さない。

 

以上。

震災の鎮魂と前進

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目の前にある不利な状況や、不幸にとらわれず、前を向いて、最善の策をすみやかに着実にとることができ、

ひとびとの気持ちに共感しつつ、気遣いがあり、優しくたくましく振る舞える人は、

おそらく、こんな大災害の折のリーダーにふさわしい。

また、リーダーのように率先せずとも、自分に降りかかった災難に対して従容として、あわてずさわがず、

平静を保ち「畏怖なく空観できる」人が、周囲に少しでもいれば、人の気持ちを鎮めることができる。

 

このような折には、生きている魂も大揺れに揺れている。

社会全体として、亡くなった人の魂だけでなく残された人々の魂も鎮魂する必要がある。

自分の大切なものやひとを失ったり、明日への見通しが立たないとき、その中で、誰かがリーダーになり前進を試み、

誰かは心静かに瞑想することによって人々を鎮魂することができる。

 

しかし、災害のただ中に生きている当事者ともなれば、それはごくごく一部のひとたちだけができることだ。

多くの人は、生きることに精一杯で、日々でこぼこする自分の感情をその場その場でつぎはぎしながら生きていくしかない。

 

阪神大震災の直後、私はすぐさま、

ダメになった実家と自分のマンションを「単なるモノ」と位置づけて、

残ったものだけに価値を置き、無くしたものは戻らないと100%諦めて、

粛々と処分をしながら、親と自分の居所をさまざまな方々や会社の協力を得て確保した。

 

その一連の行動は、外的な環境をすみやかに立て直さないと耐えられないであろう、

母の身体をおもんばかってのことであったが、それは、

自分の悲しさのエネルギーを効果的なアクションに転換し続けたゆえに可能だったことだった。

ねずみのように動き回ってバタバタと。

 

母は、あまりにもドライに物事を処理する娘を目の当たりにし続けて、

ただ、建設的なアクションしか話さない娘に対してかなりの疎外感を抱いたらしく、

「あんたはそういう性格だからいいけど、お母さんはそんなに早く切り替えられない」と泣いた。

 

今思えば、私は、

悲しさのエネルギーをすべて効果的なアクションに転換し続けることによって、

自らを鎮魂していたのである。

異様に建設的なアクションをとり続けることができたのは、実は、

私の悲しさのエネルギーも相当なものだったということである。

 

母は思い出がつまった自宅や思い入れのある街が損なわれたを失ったショックが大きく、

おいそれとは、負のエネルギーを未来設計のエネルギーに転換できず、長らく希望を持てなかった。

彼女がなくしたものに対する最大の鎮魂は、数々の建設的なアクションではなく、

そばに居て、悲しみにじっくり寄り添うことだったのだろうと思う。

 

毎日同じ繰り言を続ける母に対し、ついにイライラした私は、

「亡くなった人もいるのにこうして命があるし、別の生き方もあるし、ぐたぐた言ってても仕方ないでしょ。」

と言い放ち、さらに母を孤独にした。

 

「不幸感」は主観的なものであり、被った損害・損失量と不幸感は必ずしも比例しているとは限らない。

悲しさをどう乗り越えるかは、災害の状況は似ていても、人それぞれなのである。

どう鎮魂するか、については、

心をサポートする側は何に共感すると鎮魂になるのかという点を注意深く見極めなければならない。

 

たとえば私のように、

負のエネルギーをアクションに転換し続けることによって、鎮魂するタイプは悲しみの表出を軽く見がちである。

悲しみに向き合うと、さらに悲しみが助長されるような気がするから、

自分の悲しさを認めて鎮魂することが苦手である。

ある意味、弱い人間なのかもしれない。

 

あのとき、

「私も悲しくてたまらない」と感情を吐露して、あえて母と一緒に悲しむ、

という強さが、私にはなかったことが、悔やまれる。

 

たくさんのひとびとから届けられるPray for Japanというメッセージは、

ある人にとっては前進とともに、またある人にとっては前進のその前に必要となる、

「鎮魂」のために懐深くにいただく力だと思う。

AKB48風卒業式

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(おもむろに)今日は、娘の小学校卒業式であった。

 

昨日、そういえば明日卒業式よね、と思い出して、声をかけたものの

たいした用事もせずに就寝してしまった我が家は、

今朝になって何を着るか、卒業式はいったい何時から?と間抜けなQ&Aですったもんだした。

 

すったもんだのあげく、(いつものことながら)涼しい顔をして、卒業式に臨席した私は、

卒業生女子のいでたち(私服である)に驚愕した。

「えー、AKB48そのままではないか!」

うちの娘と数人以外の大多数の子が、白いブラウスにチェックのボウタイをリボンに結び、チェックの膝上15センチの

ボックスプリーツのミニスカートをはき、紺のジャケットを着ている。

そして、卒業証書を頂く前後のおじぎの動作で、下着が見えないように、スカートを押さえている。

 

なに、それ!

XXXXXXXXXX !

XXXXXXX !

 

Xの中は、失礼きわまりない、私の罵声なので、伏せておくが、

要するに、私が言いたかったのは、

「(狭すぎるマーケットにいるわけのわからん奴らに向けて)、こんな早い時期から、媚びる有り様を学ぶな!」ということであった。

これだけでも、十分感情的で伏せ字の価値があるが、私という雌の存在理由にかかわることなので、思わず吠えてしまう(ちなみに、たぶん私は肉食系)。

 

すべてを言葉に出さないまでも、すさまじく不機嫌な母親を見て取った娘は、

「卒業式って、そういう格好する、と思いこんでるだけちゃう?」と、

静かに言い放った。

 

ふと手元の文集を見ると 

卒業に際して寄せる言葉として、

彼女が選んだ言葉は、

級友たちの「飛翔」とか「希望」とか「挑戦」とか「全力投球」という威勢のよい言葉が並ぶ中、

なんと、

「冷静」であった。

風評かどうか

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その情報が風評なのかどうか、本当のところはわからない。

 

非常事態ゆえ、

大もとの計測は正しくなされたとは限らず、

何か計測された数値が出ていたとしても、

それが全体を代表しているかどうかは確証がなく、

すべての数値もしくは、数値が操作されずに、

そのまま公表されているかどうかわからない。

 

そもそも計測時点で問題があるのならば、得られたデータについて、

それらをどうとらえるかという解釈以前の問題を孕んでいる。

 

非常事態というのは、さまざまな前提が破壊されるということなのだ。

どこまでをアクションの前提と考えるかということは、

その人がどう生きようとしているかに関連する。

 

自分がここまでと決めた前提の上に、情報をのっけて、かきまぜて、

最善と最悪のシナリオを考え、アクションを決めるのだから。

何が絶対的に正しいとか、間違っているということはない。

 

非常事態というのは、どうも最悪のシナリオが冷静に議論されないことも多いらしい。

最悪のシナリオを想定したとたん、それは風評だ決めつけられてしまう事象は、

それこそ、多くの人が非常事態に向き合うのが怖くなった時に起こる、

危険な状態なのではないか、と思う。

 

 

 

 

 

 

迎えるに際して

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大阪市でも、市営住宅500戸を被災者された方々向けに、1年間の無償でお貸しする受付が3月15日(火)より始まった。

大阪のライフラインは日常の風景としてスムーズであり、気候はもちろん東北よりはるかに暖かく、物資はふんだんにある。

 

ところが、被災された方々は、我々の日常、こんな何気ない風景にさえ傷つく。

安堵する気持ちとありがたさを感じるとともに、傷つき、そして自責するのである。

「ここは、あまりにも平穏ではないか。何で私たちだけがこんな目に。」

「こんな安全なところに避難所の人たちを置いて、自分たちだけが逃げてきてしまった。」

普段の状況が普段のこととして当たり前な我々の状況を目の当たりにするたびに辛くなる。

 

家を失って、夫の実家に滞在した我が身ですら、上のようなことを何度も感じたのである。

面倒をかけ続けている、両親の言動や振る舞いに対して腹立たしく思うことさえあった。

「被災地では、みんな大変なんだから!そんなことも知らずに、無神経な!」

 

受け入れている立場からすれば、

「そう言われても、これが普通なんだし。」

 

そうなのである。

今回のような災害の場合、

被災者の方の状況をそのまま追体験することは、ほとんどの人の想像力の限界を越えている。

 

そんなとき、

被災している人、受け入れる人、という関係ではなく、

物事を一緒にやる、経済を動かすパートナーとして、お互いの関係を築きたい。

被災している方でも、元気ならば、何か自分の仕事を手伝ってもらう。

そして、可能ならば、労働の対価を支払ってもよい。

被災すると、とにかくお金がいるのである。

 

お金は頂かなかったが、私も、お客様ではなく、家事を手伝って、ずいぶん気が紛れた。

与える・与えられる、の関係から、早くGIVE AND TAKEのありようを模索することが、

復興に役立つ第一歩につながると信じる。

 

ということを意識しながら、大阪の地で被災者を迎えたいと思う。 

東北が好き

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東北出身でもないのに、嫁入り道具の家具は岩手の岩谷堂の箪笥で、

宮水の地、西宮での生活が長いのに、お酒はみちのくの酒の方が好き。

 

結局、親に許してもらえなかったが、宮城の大学に行きたかったし、

海外出張も含め、あちこち行ったが思い出深いのは東北の地である。

身の回りに置きたいもの、口にしたいもの、

住んでみたい場所、訪れたい場所。

 

かの地の、朴訥とした人々の物言いは、

関西にこんなに長く住みながら、

時折、うすっぺらく感じて全面的には好きになれない大阪のしゃべくりよりも好き。

 

阪神大震災に遭った実家に母を助けに行ったあの朝、

1Fと2Fがねじれて倒壊する寸前の家の玄関をふと見上げると、

福島の和凧、守り神の「鍾馗さん」が揺れていた。

 

実家にひとり寝ていた母を守ってくれたのは、この鍾馗さんだと思い、

揺れていた鍾馗さんを持って帰った。

今だに、母が住んでいるところに飾られ、母を守っている。

 

ああ、こんなことになって。

 

片思いゆえ、うるさくて、調子のいい関西人は好きじゃないかもしれないけれど、

この非常時、よろしければ、どうぞ大阪へ。

避難所身体記憶

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阪神大震災の折、全壊認定を受けた自宅を片付けるために、避難所に2回ほどお世話になったことがある。

床の上に何かを置いて寝るわけだが、人の足音が耳につき、他人のいびきが耳障りで、眠れたものではない。

羽田空港で寝るハメになったときも、やっぱり人の足音、いびき、動きによる音に神経がすり減る。

長らく忘れていたそのような記憶を、身体が記憶していた。

自分から発生する「音」をコントロールしないと周囲に迷惑がかかると気にして、結局身体がこわばり、身体活動が低下する。

そして、広い体育館のような場所ではどこからか冷たい空気がしのびより、身体のどこかが常に冷えている。

 

そんな状況に置かれると、

頭から毛布をすっぽりかぶって、他人との接触を避けるシェルター型で目をつぶる時間を長くすることによって、

音と寒さから身を守るしかない。

 

ますます、気持ちはネガティブになり、身体はこわばったまま、さらに身体を動かすのはおっくうになり、活動が低下する。

頭がさえていると、ひどい現実に向き合わなくてはならないので、むしろ頭がぼーっとしたまま過ごしたくなる。

 

これはまずい。生きる力が失われる状況だ。

環境との相互作用が心と身体に与える影響を低く見積もってはいけない。

食べ物と水が行き渡った後、生きる力を蓄えなくては、未来が創れないのである。

 

内発的な動機を高めるためのしつらえと工夫も援助であろう。

その場へ物資を運ぶだけでなく、人ごと、「生きる力をはぐくむ場所に」運ぶ努力も同時に試みるべきではないかと思う。

 

 

 

 

国難に際して

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冷静に考えて個人とその周囲にとって、リスクが非常に高いと思った場合、

それがフラクタル状に影響すると解釈すれば、それは国難に相当する。

今回の地震は、国難である、と思う。

私というn1が感じたこと。

羽田で地震に遭ったとき、いったい自分はどう振る舞おうかと考えたときに、思い出したのはチェルノブイリと阪神大震災である。

そこで努めて認識したことは、

①被害が最も甚大なところは、その甚大さ故に情報発信できない。

②時間が経つとその甚大さは認識されるが、すでにその時点で功を奏するアクションは限られている。

③生死に関わる重要な情報は、いつもタイムリーに発信されるとは限らない。

という3つであった。

それらを私なりに考えて、羽田にとどまった。

 

阪神大震災の折、4WDで倒壊しかけの家を捨て、安全な場所に向かった我々を迎えたのは、

地震で落ちかけた危険な橋と、1M近く段差のある道路であった。

しかし、それがそうであることは知らなかった。

夜明け前の暗闇の中、橋は落ちかけていても、誰も教えてくれず、段差は急に目の前に現れた。

危険は自分の運と感で察知しなくてはならない。

そのときに思い知ったことである。

 

実際、その状況の深刻さは1日ほどたってから、情報化され、世の中に伝わった。

橋も道路も通行禁止になっていた。

そこがどういう状況か、生死に関わる状態で逃げている人には、間に合わないのが情報というものである。

 

チェルノブイリの事故があった後、アルプスの山々が汚染されていることを知りながら、

オーストリアを旅行する機会があった。

その折に、驚愕したのは、オーストリアの人々にあまりにもその事実が知らされていなかったことである。

最も危ない場所では情報が注意深く統制されている可能性がある。

 

遠くの国の情報をチェックすることによって、真実がわかることもある。

当時と違って、インターネットが広まっている今である。

決してあおっているのではない。

 少なくとも英語が使える人は、その責務として複数チャネルと地域のメディアを使って、

確からしい情報を自分なりに見極め、パニックを起こさないように注意しながら、

自分が影響することができる人に働きかけて行動する必要がある。

 

情報から知識、そして知恵へ。

生きるということに目的に固執して、まずは、あなたにとって大事な人に、必要なアクションを。

HOTEL MIKIMOTO

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昨日は、HOTEL MIKIMOTOに宿泊。

 HOTEL MIKIMOTO.jpg

部屋は、なんとBLACK PEARL SWEETに宿泊する誉をいただいた。

というわけで、あんまりすごい状況だったので、昨日はブログが書けず。

 BLACK PEARL SWEET.jpg

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

昨日は、午前中にiguに興味をお持ちいただいた会社の方とお話をさせていただき、

そこから、さくさくと伊丹に向かって16時六本木でのミーティングに間に合わせるべく、13時30分の飛行機に乗った。

降下直前に、機長アナウンスもなく、何の前触れもなく、突然ドンとつきあげるような揺れがあって、

空の上なのに地震みたい、と思いつつ、羽田に到着。 14時40分頃。

デッキ内の動く歩道を歩いていると、天井がシャカシャカ言い出してヘンだなと思ったとたん、

ほこりや天板のかけらが落ちてきて、このときにやっと、地震だと悟る。

後から聞いた話を総合すると、私は、まだ着陸直後でマシだったのである。

降りれずに上空をぐるぐるしていた方もたくさんおられたようで、その方々はぐったり。

さて、揺れがひどくなって立っていられなくなり、動く歩道を下りて、ゲート前の柱の側にしゃがみこんだ。

阪神大震災のときは、地震と思わず、これは大爆発!と思ったので、それほどの揺れではなかったが、

大きな地震、これはただごとではない、と。

 

それにしても、阪神大震災に遭って家を失い、また、何でこんな目に遭うかな、と思いつつ。 

いや、それにしても、やっぱり生きてるし、とも思いつつ。

 

さて、都内に出ようにも、津波警報が出ているので、バス、モノレール、京急はすべてストップで、復旧見通しはナシ。

そしてタクシーは4時間待ち以上と噂される長蛇で、電話も携帯も2時間に一回ぐらい、きれぎれにしか通じない。

こりゃ、羽田で一泊になる。

こんなときは、余裕が重要と、あえて不謹慎にもJAL直営「BLUE SKY」のビアホールへ向かう。

スポーツバータイプの店なので、大きなテレビがあり、それを見ながら夕食。

すさまじい津波の状況が何度も放映されており、東北は大変なことになっていた。

 

みな、どこか、ぽかん、としながら画面に見入っている。 

人間の存在は自然の前ではあまりにも小さすぎる。

 

スモーカーとか、酒飲みとかの類の人たちは、こういう事態にあってもできるだけ緊張をゆるめてリラックスしようと努める種族らしい。

不謹慎と叱られても、じたばたしても仕方ないわけだし。

私もつながらない電話などを時折いじくりつつ、あせらず、さわがずビアホールで鋭気を養う。

 

さて、閉店の時間。ねぐらを探さなきゃ。

どうせなら、また、大きな地震がきて、万が一建物がつぶれてへしゃげる運命になっても、楽しい場所にしよう。

建物がつぶれる一瞬前、割れたガラスから、美しい真珠が飛び出る素敵な場所。

そんなふうに思いついて空港内のMIKIMOTOの店舗前へ。

もちろんお店は閉まっているのだが、その軒先を借りて、私の好きなBLACK PEARLが陳列してある下にSWEET ROOMと称してねぐらを作る。

さっきアップしたBLACK PEARLの陳列が右上、その下が私のSWIEET ROOMですね。

 

SWEET ROOM.jpg

生まれて初めて段ボールの上に寝ましたが、

段ボールのクオリティは重要です。

しっかりした分厚い段ボールだったので、

断熱効果があり、思わず、数時間ちゃんと寝ちゃいました。

なぜこの段ボールがしっかりしていたかというと、

缶詰なんかがたくさん詰まった非常食セットの段ボールだったので、

丈夫だったのですね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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いただいた非常食セット、結局何も食べず。

そのままパックし直して、お返ししてきました。

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という顛末にて、羽田のHOTEL MIKIMOTO、

BLACK PEARL SWEET ROOMにて花金の夜を過ごしました。

始発と同時にモノレールが動いたので、ベッドをたたみ、

朝から元気にお店を開けてくださったIllyさんでモーニングコーヒーをいただいて、

やっと、定宿へ向かうことができ。SWEET ROOMじゃないけど。

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昨日の夕方の仕事はキャンセル、今日の朝・昼の仕事もキャンセル、

今日の夜、ものすごく楽しみにしていた会合もキャンセル。

今日の夜にお会いする予定だった皆様、私に連絡がつかず、

大変ご心配をおかけしておりましたが、いたって元気にしております。

今回はリスケになってしまいますが、近々お会いしましょう!

 

大変な災害でした。

ご無事をお祈りします。

ドラッガーのクライアント

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ほとんどビジネス書というものを読まないが、

数少なく家にあったビジネス書の中で、

最近「もしドラ」で流行ったドラッガーの著書をぱらぱらと見ていたら、

「ドラッガーは、コンサルティングにあたって、クライアントを非常に注意深く選んだ」という一節が目についた。

 

一流のコンサルタントに仕事を依頼できるクライアントは一流だ。

ドラッガーは自らのコンサルティング経験をもとに数多くを著したが、その内容は少なくとも、

一流に近づける素養のある人でないと、読みこなすことはできず、実践までは到底おぼつかないだろう。

 

という意味で、ドラッガーがクライアントを選ぶにあたり、報酬や会社規模以外の点で、

クライアントその人やその組織の何をスクリーニング基準にしたか、ということを教えてもらった方が、

普通のひとびとには、耳の痛い、そして役に立つ内容だったろうに、と、ふと思った。

悲喜こもごも

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今日は出張であった。

とにかく、飛行機も新幹線も嫌いなのであるが、東京に行かなくてはならないので避けては通れず、

いつものように飛行機に乗ると、往路は離陸直後から、ものすごく揺れた。

あ~いやだ。怖いし。

きっとまた白髪が数本増えるに違いないと思いつつ、我慢して羽田へ。

 

「谷」とつく地名は、地盤に不安があるに違いないと思っているので行きたくないが仕方ない。今日の用事は渋谷。

渋谷「経由」ですら、よほどの用事がなければ東京の中で避けて通るのであるが、

今日は、そこによほどの用事があるので仕方なく行く。

 

いや、しかし。

仕事にかかわるメンバーは、最高なひとびとである。

楽しく仕事をさせていただいて、ありがたい限りなのである。

飛行機は怖いし、谷は嫌いだけど。

 

一番さいごの用事は広尾で、igu伝の「クツカー」マグカップ作成にまつわる打ち合わせ。

素敵な采配に頭が下がる。

とてもじゃないけど、私じゃできないあれこれである。

本日のありがたい限り、その2である。

 

で、また、びゅーんと飛行機に乗って、伊丹まで。

ちょっと揺れる。怖い。

JAL、最近、コンサルかなにか入って方針が変わったのだろうか、

妙にフレンドリーな台詞の増えた機長アナウンス。

今日の機長は、甘めのいい声だったので、怖い揺れも許すことにする。

復調なき前提

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昨日の不調はおさまり、今日は「ふだん」を感じられる日だった。

明日もふだんと同じように好調であるという確信はない。

いつでも何かが起こりうるから、

いつもベストを保てるとは限らない。

 

そういう前提で、仕事をしてみる。

いつも好調ではないという存在を個性と考えて仕事をしてみる。

 

思えば、心身ともに屈強で、いつも120%の力を用いて働くことができるというモデルを追求したところで、

そんなモデルを実現できない状態にこの国はつき進んでいる。

いつ不調になるかわからない、いつ休まなくてはならないかわからない。

すると、どうなるだろうか。

 

不調を個性と考えて生きること、この春からのチャレンジは、これ。

 

不調とつきあう

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おそらくホルモンバランスの関係か、交互におそってくるめまいと吐き気の症状につきあって、ほぼ一日を棒に振った。

癌治療のためのホルモン剤の副作用は私はほとんどなく、極めて幸運な方なのだが、全く何も起こらない、という訳にはいかないようだ。

 

というわけで、物事の進行のスピードを十分の一倍速にして、一日をゆっくり過ごす。

すると不思議な発見もあるものだ。

もう処分しようと思っていた本の山を確かめようと、一冊一冊手に取ってみていたら、「ささえあい」の人間学 という本が出てきた。

本の副題は、-私たちすべてが「老人」+「障害者」+「末期患者」となる時代の社会原理の追求-である。

 

この本を最初に読んだのは、40代に入ったばかりの頃である。なぜ、これを買って読んだのかについては忘れ、何が書いてあったかも忘却の彼方である。

その時、この副題を見て感じたのは、「老い」ということについて忍び寄る不気味な影であったろう。

 

そして、7年以上が経ち、今の私は、「老人」+「障害者」+「末期患者」という言葉に潜む身体性が、自分に連なるものとして理解できるようになっている。

 

病気後にこれまでと違う身体の感じを認めて、それをなだめすかしながら、ごそごそと本を読み返す、肌寒い春の午後。

 

啓蟄

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肌寒いが、雪にはならないどこか生温かい小雨なんか降った啓蟄の日曜。

四天王寺前近辺、そこここにある鎮守の森では、やわらかくなった土から、

いろんな生き物が顔を出したことだろう。

 

今日は、我が家は整備と掃除。

洗濯機や電子レンジを新しいものに入れ替え、

不用品を捨てる。

娘も中学に入るし、子供っぽいものは一気に廃棄。

 

これまでのものよりも、これからのことに注意が振り向けられるように、

処分するものは処分して、また新たな蠢きを待つ。

編集空間

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伝耕逢阪分室黄色い家は、松岡正剛氏のことばを借りて「編集空間」にしたいと思う。

イギリスに発達したコーヒーハウス、日本では、茶の湯。

イギリスのコーヒーハウスはさまざまなことの発祥の場所となったことは、松岡氏の

「知の編集工学」を読むまでは、寡聞にして知らぬままであった。

さまざまなこと、とは、①ジャーナリズム、②株式会社、③政党、④広告、⑤秘密結社らしく、

「人とモノ・コトと空間・時間」が継続的に融合し続ける場というものは、歴史の大きな流れを

支える重要なものなんだ、と妙に納得したのであった。

 

コーヒーハウス、たかが茶と侮るなかれ。されどコーヒー、されど茶、なのである。

 

伝耕逢阪分室黄色い家は、

「人間の一生は、たかがとされどの間にある。」という私の信念を反映した「編集空間」としたい。

 

みなさんウエルカム、です。

 

 

花粉症か風邪か

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今年の花粉は昨年の7倍とか、恐ろしいことになっている。

先日、外で空気を吸ったとき、のどに何かがはりついたようないやな感じがあって、

それから、急に鼻とのどの調子が悪くなった。

 

耳鼻科に行って、とりあえずいただいた薬を飲んでるが、

いっこうに良くなる気配がない。

 

やっぱり花粉症だろうか。

こんなものにとりつかれたくはないけど。

 

 

 

「もうろく帖」より

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「自分個人の考えなどというものが

あるかどうかうたがわしいが、

あるとして、

それが人に理解されるかどうかを

棚にあげて、

理解されないではじきかえされる

という形で人の動きにまじることがある」

                鶴見俊輔

 

ひとの気持ちや考えを伝え伝わるように、「楽しく耕す」ことを

お手伝いするという理想を決めたとしても、

結局伝えられない、伝わらないものがきっと残る。

 

それを承知で、たとえ正気でないように見えても、

「楽しく耕し続ける」ということが重要なんだと振り切る。

私が目指すそんな有り様と重なるところがある、

と考えると、不遜だろうか。

きっと、長い間、たくさんのひとの話を聞いて、あれこれとまとめる仕事に携わっていたからだろう。

 

話をまとめてはみたものの、私が最も重要だと信じたことについて、

その重要性を表現しきれなかったために、相手に伝わらなかったか、

よしんば表現はできていたとしても、

それを受け取る相手にとっては不要なものとして、捨てられたからだろう。

 

豊かな実りのある稲穂なのに、落ち穂になってしまった悔しさを、

自分で何とかしなくてはと思ったからだろう。

 

それよりも何よりも、

たくさんのひとの話を聞き続けると、

おそらく、いつか落ち穂拾いをしたくてたまらなくなる、

そういう自分への予感があって、そんな自分になりたかったからだろう。

残像と委託

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明らかに次の世代のほうが、来たるべき時代についての適応力は高いものである。

そのあたり、分別のついたジジババはよくよく理解して事に当たらねばならぬ。

ジジババが少なければ、たいして問題とならないこんなことも、

ジジババだらけになると、コメントしておかなければならない時代。

 

さて、今日は伝耕分室にゲストが。

十数年前のキャリアの時にご一緒した才女である。

本当にうらやましいくらい、美しく、かわいく、優秀な彼女であったが、

もちろん、その要素は変わらず、

十数年の時を経てお会いしてみると、

加えて○○○の要素を前面に出してきた彼女であった。

要するに来るべき時代の適応力100%ということである。

 

あ、そうなのね、そうなんだ。

 

そうやって、もしかして委ねられてきたのかもという残像を胸に、

(いや、こんなにかわいくなかった!と冷静に考えてみながら)、

次に託すチームを夢見る。