日本は後退戦の時代に入ったという人がいる。
それについて私はどうの、という意見を持たないが、
自らが下り坂にさしかかっている世代がしたり顔でそれを語るのを見ると、
やりきれないずるさを感じる。
自分の老化と戦うことはつまり、後退戦を戦うことであり、
日本がそういう状況にあるということは、自分の個人的な戦いと社会的な文脈での戦いが
枠組みとして同じであることを言っている。
言い換えるなら、それはつまり、
自分が老化と戦うという個人的な後退戦すらも、社会的な文脈に重ね併せて、
「自分が主流であること」を訴えているのだ。
今まで、老いることや介護ということについて、語る気もなかった人たちが、
(無意識的に)自分たちの主流感を保つために、そういうテーマを持ち出しているとすれば、
日陰のテーマに日の目をあててくれてありがとう、とお世辞として言ってはみるものの、
本音では、どこまで行ってもつきあいきれないよな、と思っているのである。
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