今日は打ち上げ、酒宴。
一度しかない人生をどう燃やすのかということと、会社という枠組み。
長い歴史を背負っておられる会社だからこそ、チャレンジにも意味がある。
チャレンジには私は参加できず、たまたま居合わせた無責任な存在である。
客観的にはそれは立場というものであるが、なんだか寂しい。
でも。
久しぶりにたくさん呑みました。私は私のチャレンジを考えながら。
今日は打ち上げ、酒宴。
一度しかない人生をどう燃やすのかということと、会社という枠組み。
長い歴史を背負っておられる会社だからこそ、チャレンジにも意味がある。
チャレンジには私は参加できず、たまたま居合わせた無責任な存在である。
客観的にはそれは立場というものであるが、なんだか寂しい。
でも。
久しぶりにたくさん呑みました。私は私のチャレンジを考えながら。
さほど遠くない将来に、そうなる日が来るかも知れない、という可能性も考えておくことも重要かと。
だとすれば、根本的なことはどんな枠組みの中にあっても、自分を発信できるような子供を育てることが大切。
で、私はigu伝ではアートを使ったコミュニケーションツールを作っている。
前の2行と、「で、」との間の一行。大きな断絶。
この一行の間のジャンプが重要な気がする。
さてさて、
生物学・認知科学者の岡ノ谷一夫さんによると、
「言葉は動物の歌から生まれた」らしいです。
無駄が多く思える「複雑な歌」ほど、その歌い手である雄の力量を示すそうですね。
というのも、複雑な歌を歌うには、テクニックが必要だし、天敵に見つかってしまうかもしれないというコストが伴うから。
なぜ、直接に「すぐに儲かる方法」ではなく、「遠回りしてアート」なのか、そんなところとも絡んでいるような。
気が早いと言われようが、来年、ゴールデンウイークはigu伝の正式デビュー展である。
なんとなれば、この時期にはigu伝の作品がひとそろい揃う予定(ちなみに今回のスタンダードブックストアは約2/3)はずだから。
さてさて、さっそく。
ゴールデンウイーク期間、堂々2週間ギャラリーを借りました。
展覧会会場になるギャラリー、茶臼山画廊にご挨拶に伺い、
iguちゃんとともに展示スペースの1F、2Fを拝見する。
茶臼山画廊は堀越神社に隣接する南側にあり、神社のパワーが舞い降りるすばらしい立地です。
画廊のオーナーは10年間かけてこの場所を探されたそうだ。
30年のサラリーマン生活の後、残りの人生を考えられて、この世界に。
オーナーはiguちゃんの絵を気に入ってくださった。
画廊の中は白で統一してあり、igu伝の絵の展示にぴったり。
茶臼山画廊の展示では、原画もアクリル画もみなさまにお見せして、もしかして○○画(内緒)も、
立体も作って、ワークショップも開催して、「天王寺のゴールデンウイークにigu伝ワールド」を作るのだ。
というわけで、ぼーっとしているわけにはいかぬ。
本日企画のキックオフ。
人真似でなく、世間に媚びず、まっすぐ作りたいものを見つめて、じっくり、すすめようね。
深くまで考えて、軸がぶれない人たちと一緒に。
まず東京、そして京都で松園の展覧会。
来月、京都で見よう。
それにしても、若い頃に見た時には感じなかったが、
感情を皮膚の下に押し込めた女性の美しさをあれほど精緻に描くのは、
表面張力ぎりぎりの湯飲みをもったまま静かに舞い続けるようなものだろう。
40代を越えた頃からは、さぞきつい仕事だったろうと思う。
「いつまでも元気に仕事をしたい」、「疲れ知らずでいたい」という、望み。
失われていくエネルギーへの渇望は現代人ならずとも、
仕事に打ち込んでいた彼女ならば当然のことだったろう。
ふとしたはずみで、松園が九龍虫という甲虫を「サプリ」として日々呑んでいたことを知る。
10匹の甲虫を日々呑みながら、誰も入室が許されない閉ざされた画室で、美人画の数々を描き続けていた、らしい。
山椒のようにひりりっとする甲虫の後味をエネルギー源として筆を持つその先に、 おびただしい美人が生まれた。
「描きたいの。ちなみに、虫だけど、何か?」とまっすぐな目で問われたような気がする。
「難しいことを易しく、易しいことをふかく、ふかいことをおもしろく。」
伝耕が扱うテーマもこうありたいと、思う。
さっき、帰阪しました。
すっかり秋めいて、というかもう、晩秋かと思うほど冷える夜。
それはそれで、楽しもうと気分を変える。
定宿の和食処に利き酒セットなるものが。
いや、なかなかいい感じでございました。
仕事ではじめて降り立った練馬駅近くのお店。
秋らしいしつらえが、家庭的でうれしかったです。
多様性や地方発信の重要性について重々承知していながら、
東京ばかりに仕事がかたまるのもなんともおかしなものである。
なんでだろう。東京ばっかり。
住んでいる地域の中で、あらゆるモノやサービスが用立てられ、それがある程度の質と独自性があれば地域で完結することも可能なのだろうが、
それがなかなか認知的にそう処理されないことにたぶん問題の一部がある。
生活者視点でみると、
行き交う情報のなかで、たまたま見た「東京」のお店が、ふだん住んでいるところに集まる人の数よりも多く人が集まっているのは、
モノやサービスのレベルが有意に高いのではなく、ただ単に「もともと人が多いだけ」だったりすることもままあるのだろうが、
そんな推測はできても断言はできない。
でも、すごい、と聞いて、行ってみるとたいしたことなかったりするんだけど。東京って。
単なる及第点レベル、かもしれないけれど、その「東京の」お店、すごいんじゃないだろうか、すごく流行っているんじゃないだろうか、と思って、つい調べたり、行ってみたりしたくなる。
そもそも人間の成長願望がそちら方向の行動に肩入れしているのだろう。
だとしたら、人間の成長願望がすたれる超高齢化社会がこのまま進行していくと、一極集中もだんだんマシになる?
便利な方が年寄りは楽、という点はあるから、ある程度便利な場所は人気が出るだろうけど、地方都市でも十分その機能は果たせる。
便利な地方都市で、地産地消の仕事がきちんとまわれば素敵なんだろうなと思う。
ドイツのエアランゲン市では、「アート」ですら地産地消の傾向があるらしい。
別に他から高いお金出して有名なアーティストを呼んでくることなしに、地域ではぐくんで地域で提供する。
すごいなー、と感心してしまう。
かつて、私が住んでいた住宅地域では、最近一戸建ての中古がよく目立つ。
風光明媚な文教地区なんだけど、電車じゃなくてバス移動の区域じゃ、「自動」車もおぼつかなくなると住むには辛い。
実体の伴わないあこがれ、や、ムードでやりすごせないのが、超高齢化社会、ということなのかもしれない。
がんばれ地方都市。
昨日の大阪、昼間は30度を軽く越えていた。
暑すぎる。
ところが、今日、一転して気温は低下。
東京にやってきて、空港からのモノレール上で見た、電光掲示板の気温は16度。
昨日と比べて10度以上の気温差はカラダにこたえる。
もう、寒すぎる。
ビールなんか、まったくおいしそうに見えないし。
出張でもってきた洋服だけでは風邪ひきそう、ということで急遽、上着の買い物。
請求書を天に回したい気分である。
もう、一気に、秋→冬なんだろうか。
そんなのいやだなあ。
日本らしく、にじにじ、ゆったり季節が移り変わってほしい。
エストロゲンをエサにするタイプの乳癌をブロックするホルモン剤(ジェネリック)「タスオミン」を服用してほぼ2週間。
特に副作用もなさそう、と思いこむことにした。
やたらと汗が出るのは、連日30度を越す暑さのせいだろうということにして、
なんだか疲れるのは、頭の容量を超えた新しいことを考えているせいだということにして、
とにかくちょっと疲れたら休む、ことにして、
服用期間の5年間をやりすごすための心と身体の準備をする。
と、同時に、次の5年間生きているだろうという前提すら、
乳癌発覚以前ほど軽々しく表明できくなっている自分に気づいて成長を感じていたりして。
なのだから、
自分の時間を大切にしなくちゃいけないということにして、
無理くり人にあわせることも、
人にあまり多くの期待をよせることも、
えいっと、やめる練習をしている。
お金とか地位をふりかざさずにリクエストした仕事の依頼について、
成果とタイミングがあわないことも、根本的にはその人との相性の問題なのだろうと思い、
ばっさり切って、やりすごすことにしてみると、
なんだか気持ちが楽になった。
ものすごく久しぶりに学会に行く。
なるほど、こんな感じだったっけ?と浦島太郎状態。
なんのために行ったかという詳細は、おいおい新設「直観素」コーナーにて。
さて、会場は大阪大学。
学生街としては地味な感じだが、いかにも学生向けらしき店もある。
ジンギスカンとか、辛そうなカレーの店とか、
なんだかパンチが効いたものが美味しそうに見えるのは、
街の雰囲気が若いからだろう。
ちなみに、彼岸の頃、一心寺前にある伝耕分室はものすごい人出なのだが、
なんといっても平均年齢が軽く60歳だったりして、
ジンギスカンとかカレーの雰囲気じゃないのである。
暑かった今日は、ざるそば、という気分だった。
その街で多数を占める棲息者が、その街の味も方向付ける、
と、当たり前のことを体感する。
ずっと成長し続けないといけないとか、
ずっと魅力的でないといけないとか、
ヒトが生きる上で、動機づけられる方向性は、
双方向ではなくて、
ずっと、とか、もっと、とかいうバイアスのかかった一方向である。
なので、人間はいつも、過度にバイアスのかかった一方向の線上で過ちをおかし、
その過ちからたいして学ばない。
しつこいが、
そのありようからして、人間はたいして学ばないのである。
とすれば、
ビジネスだって、
お客様志向と言えば聞こえはいいが、
ヒトは過ちから学ばず、さらに学ばないですむような怠惰を選択するというスケルトンが青写真としてあり、
その青写真のもとに組み立てられた要素に対して、
その商売の中で「比較的新しい」スペックを組み合わせた成果を呈示すること、とであると割り切って考えてみる。
そうすると、さまざまな共通性が見えてきて、ちょっと怖い、というか申し訳ない気持ちになる。
申し訳ないと思う理由は、
学ばない人間に対する処方箋を持ち合わせていないからだけど。
スタンダードブックストア1Fでの展示がはじまっているが、
なにぶん、展覧会ではなく、通常の本屋さん内での展示ということで、
どんなふうに、周りの個性的な本たちと融合しながら展示を目立たせるかということがポイントに。
iguちゃんは、会場となっている店内に詰めては、展示の様子をチェックし、説明のための仕掛けを用意しています。
来週はその様子もお伝えできるのではないかと。
芳名録には早くもお名前が。
ありがとうございます。
朝から神戸で免疫療法の注射をうち、大阪に戻って整体、
家にかえってから、再度神戸方面、西宮の香櫨園まで。
同級生が開業するお店で30年ぶりの同窓会である。
記憶力の悪い私であるので、いろんな方の名前は抜け落ちていたが、
それぞれの人が話し出すと、あ、そうそう、「こんなふうに動いて話す人、知ってる」となる。
そうなると頭の中のパターンがどんどん呼び起こされ、同じ文脈の「知っている」カテゴリーが活性化される。
あっという間の時間が楽しかった。
その中で、
いったい、私が何を考えていた人だったのか、はじめて語る日になり。
それがどう写るのか、私をはぐくんだ人の審判を待つのみだけど、
そういう感じすら、「なんとなく知っていた」という人もいて、
不思議な感じがするのである。
転職された方と久しぶりに会食。
「なにが楽って、スーツから解放されたこと」とすがすがしいお顔でおっしゃる。
スーツは男の鎧、なんて粋がる風情もまだある。が、B to Bの業界ならまだしも、
B to Cで生活関係のメーカーならば、仕事の場面のほとんどでスーツなんか不要だろう。
前々から「スーツとオフィスビル」は、「男一匹、すごい仕事をしてるぞ」と思わせるための
「妄想小道具と大道具」のセットだと思っていたけれど、男性の中にもその無意味さを
認める人が多くなったものだと思う。
きちんとした印象のカジュアルな格好なら、そっちの方が気持ちいいし、
いい発想は生まれるし、長い目でみたら効率的だよね、ということになれば、
首を絞めた鎧で仕事をすることもなかろう。
さらに言えば、カジュアルな格好が主流になってきたら、その格好で、
牢屋のような無機質色のビルの中で仕事をすることについても違和感を覚えるようになる(ことを期待してみる)。
遊びたい、怠けたい気持ちを縛るために、鎧を着て、同一時間、みんなで一斉にものごとを処理するために、牢屋に入る。
そういうことが社会として必要な時代だったから、
人間の「かたちから入る」性質を利用したのが、鎧と牢屋、つまりスーツとオフィスビルだったのだろう。
安全基準や、耐震耐火性などのさまざまな要件はあろうが、
学校もオフィスももっと自由で創造的な建物にならないものかと思う。
建物が創造的ならば、そこで生まれる商品やサービスが創造的でないわけがない。
建物がもっと楽しくて創造的なものになれば、
子供や老人が入っても風景として違和感がないような作りになれば、
「かたちから入る」性質がそれなりに駆動して、
働くことと生活が融合した、
ワーク・アンド・ライフバランスな生態系が醸される可能性もある。
社会資本を楽しく、創造的なものにするということはただしくて、素敵なことに思えるけれど、
しかし、その価値はなかなかに数量化できないから、投資の対象にはなりにくいだろうな。
このあたりが、人間の限界とおぼしきところである。
でも願わくば、この国で生きていくことの幸せを考えると、
数量化しにくい価値を認めて、それにどう資源を振り分けるかということに知恵を使いたいと思う。
景気が悪くなって、経済をなんとかしてほしい、という町の声をよくきくけれど、
その経済をなんとかって、また、お金のため、会社のために、ばかみたいに忙しく働くだけの時代に戻りたいわけではないだろうし、
ほどほど、ってことだろうと思うけれど、でもその「ほどほど具合」が、哀しく、せつなくならないためには、
目に見える「しつらえ」についての質的な豊かさが、基盤として重要なんだろうな、と思ったりする。
鎧と牢屋をいっさいがっさい捨てたら、日本はどんなふうに見え、私たちはそれを見てどんなことがしたくなるのだろうか。
そんな妄想ワークショップやってみたりして。
松岡正剛氏と茂木健一郎氏の対談。まったくどうでもいいようなタイトル(脳と日本人)がついているが、
ほんとのところ、タイトルなんかいらないくらいの対談集だ。
出会って良かったと思える本である。
「あ、そういう見方をそうつなげると、そっちにつながるのか」
松岡氏真骨頂の「編集知」が会話のはしばしに出てくるから、
そのテクストを味わい、彼の「編集知」の世界を再構成してみる快感を覚える。
昨日、スタンダードブックストアでigu伝の搬入と展示をしながら、本を物色していたらたまたま出会った一冊。
次の予定に向かう道中、本に没頭しすぎて、乗る電車を間違え、待ち合わせ時間に遅れた。
松岡氏 「遠くを感じることが近さを強化していくんです。ニュートンのリンゴと星の関係のようにね。」
ほんとうにその通り。シンプルですごいことば。
実は今日、大阪ミナミで行われるiguちゃんと伝耕のコラボブランド「igu伝」作品のプチ展覧会の搬入があるのですが、
それに先んじてigu伝情報をこちらで。
「igu伝」の最初の試みは、発想をはぐくむ(むりやり発想させるんじゃなくて、はぐくむ感じがミソ)グラフィックセット。
絵本にも発想カードにもなっちゃいます。
そのグラフィック、勢揃いするまで、一枚一枚、しみじみ制作中なのですが、その中でできている作品が目にとまり、
掲載をすすめられました。
キャラクターを描くイラストレータ362人が一挙掲載されている、2010-2011版です。
igu伝は、キャラクターを作ろうと意識しているわけではないのですが、
できあがりの登場「人」ないし登場「物」がキャラクターに見えないかというとそうでもなく。
ちなみに、掲載ページはこんな感じです。
iguちゃん、にっこりですね。
igu伝、
ゆっくり、少しずつ、進めています。
ためています。
今年のクリスマスは、伝耕分室で、igu伝にからめた特別なパーティでもしよっかな、と。
日本最大秘仏、金剛蔵王権現、金峯山寺蔵王堂で100日間ご開帳ということで、お休みをいただいた一日、昨日は奈良・吉野へ。
蔵王権現さま、お会いしてきました。これは必見。12月9日までです。
わざわざ遠方からお越しになられる価値があります。
迫力満点、青の彩色が非常にきれいに残っております。 扉に描かれた蓮華までが青です。
なんというか、信仰の対象として見ても、巨大フィギュアとして見ても、見飽きることはありません。
権現とは「仮の姿・あらわれ」。本質的には如来であるが、表現系としての憤怒相があの怒りの表現。
蔵王堂では障子で仕切られた間で権現さまと対話することができます。「発露(ほつろ)の間」というそうです。
ようするに懺悔の間なのですが、「発露の間」という表現、いいですね。
たくさん発露してきました。
着いた当初は、この金峯山寺だけでさっくり帰ろうかと思っていたのですが、発露してしまったら、
なんだかむくむく力がわいてきて、せっかくだから吉野山、行けるところまで行くことに。
たまたまケーブル駅でもらった、
たった一枚の案内の紙きれ(下写真)を手に、奥千本の、西行庵、苔清水まで登ってしまいました。
下の案内でいうと、右下から左上まで、ですね。
くしゃくしゃになった紙切れが道中を物語ります。
朝方は吉野散歩のつもりで出かけたのに、
実質は吉野ハイキングになり。
全行程、軽く10キロぐらいは歩いたかと思います。
朝8時半すぎに家を出て、帰宅は6時半、
電車に乗っていたのが3時間ほどなので、
それ以外はほとんど歩きました。
帰りの下り坂で、登りがきつい坂であったことに気づき。
さすが、苦楽園の山麓育ち、と自ら納得、感心。
桜の季節でもなく、休日でもなかったので、人影はまばらで、中千本を過ぎると出会ったのは10人ほど。
奥千本に至っては、まったく人影もなく。
西行が庵を結んで3年間過ごしたという西行庵までのアクセスは、苔がやたらと繁茂する不思議な場所で、
その空気の甘く香る清々しさに奇妙な感覚にとりつかれました。
「苔清水」のわき水、さもありなん。
ちょうどそのあたり、携帯も通じなかったので、仮に倒れたりしたら誰も来ず、おしまい、なのでしょうが、
ま、それもいっか、と思ったり。
倒れて死んだら、おきまりの腐敗は始まらず、粘菌か苔に覆われて、すこしずつ浸食され、
岩のように見えるのではないかと妄想。
吉野山は本当に昔からの聖地で、ふしぎな力を持った場所です。
奈良出身の河瀬直美監督が、全くぶれずに奈良から世界に発信し続ける理由もわかる気がします。
じたばたせず、だれにもこびず、そこにあるものをすくって、まいてみればよい。
吉野の柿の葉すしとひやおろし、を夕餉に。
なしうりのおひたしに、かぼちゃの煮付け、ごま豆腐。
ごくごくシンプルに。
あっという間に栗の季節になっており。道ばたに落っこちてたので拾ってきました。
下の写真、かんじんのお酒はまだついでないので空だけど。
このブログ書き終わってみなさんにさよならしたらね。
それにしても柿の葉すしといってもいろいろあります。今日は醍予(だいよ)さんのもの。
柿の葉すしアソートのこういうブログも発見。
単にブログの評価に頼るんじゃなくて、自分の好みにあう柿の葉すし、というのを探したいなと思ったり。
では、トクトクトクってのが待っているので、みなさんさようなら。
カタカナ、バカリデ、ウザイデスネ。スミマセン。
ある対象について「こういうものだ」という明確な輪郭をもって、人の心の中に刻印されれば、その刻印は容易に消えてなくならず、その刻印のすがたかたちは手入れされれば検索容易である、
というような人間の認識に関する働きを、
「商売に有効なように」利用したものがマーケティングにおけるブランディングだとすれば、
情報の提供先が常にブランド側にあるとは限らないソーシャルメディアによる情報の流れによって、
ブランディングのやり方とその生き残り戦術も日々刻々と変化しているようだ。
あるブランドの内容について、旧来メディアだけでなく、ソーシャルメディアを使ってポジティブに操作したところで、
それを受け取るオーディエンスも「それに乗ったふりをしているものの、心酔しているわけではない」から、
ブランドの中身について半差し状態のまま、消費に流れたり、情報の発信側に回る。
そして、そんな半差しブランドユーザーの中には、すぐに飽きる人の割合も多くなるだろう。
さらに、ブランドなんて、実体と妄想のかけ算を利用した構築物である、ということ、
これがマーケターだけの了解事項ではなく、
市井の人々が気づいてしまった昨今、彼らは当然コンセプトとそのスペックだけのアピールだけで飽きたらず、
その裏にさらなる神話が要求され、魅力的な供物が切望されるようになる。
開発秘話だの、限定プロモーションだの、そのカテゴリーの周辺領域に関するトリビア的情報提供が、お約束になってくる。
総じて、質・量ともにすさまじい情報量と、おっかけでやってくるブツの波。
処理するだけで大変である。
ふと、クリステンセンの破壊的イノベーションを思い出したりして。
ある日、「あーもう、めんどくさい、このブランド、卒業」なんていって出て行く人たちのこと、どうしようかしらね。
以上、データによる根拠は何もありません。
なんとなくひっかかる事象の波頭を集めてワタシの感覚でコラージュしただけですので、信憑性については保証しません。
今のところは、あしからず。
ここしばらくは土日もなんやかんや働く日々が続いておりましたが、
本日をもって、やっとこさお休み。
明日の日曜は何をしようかと久しぶりにこころおどる。
すさまじかった暑さもやっとしのげるほどになり、
ショーウインドーの秋物も、
暑苦しさから一歩抜け出たよう。
名残惜しいといって、居座っていた夏も
ようやくその重い腰をあげ。
一夏越えて、ふと、娘をみると
なんだか大人っぽくなっていました。
古くて新しい問い。
かつてのメディアのありようによって、情報・サービス・モノを提供する側とそれを選ぶ側が分かれていたのは一昔前の話。
お客さま、というのはあくまでも提供されたものを選ぶ側だった。
ソーシャルメディアのひろがりによって、選ぶ側としての役割しかなかった「お客さま」も情報を提供し始め、情報を提供する側にもなると同時にお金を払う「お客さま=顧客」にもなる。
どこからどこまでが提供する側なのか、どこからどこまでが顧客なのか境界があいまいになってきている。
ある顧客が商品やサービスの口コミをして、それをソーシャルメディアのなかで発信すれば、それは情報提供となる。
というわけで、顧客視点という言い方が最近そらぞらしく聞こえる。
情報提供という点で、顧客は送り手・受け手のどちらにもなりうるのに、
受け手の側の方だけにいたかつての顧客像をひきずったまま、
送り手の論理をいまだに(へりくだりつつも実は)押しつけようとする無理くりな感じが、
「顧客視点」ということばの選択に見え隠れしているせいだろうと思う。
情報提供する人、モノやサービスを購入する人が同一である可能性が高くなるという前提は、あたりまえながら、
お客様と私が分断されておらず、帯のようにつながっているということ。
それはどこか共同体的なイメージを呼び覚ます。
「この瞬間のワタシはモノとサービスを買っているお客様だけど、次の瞬間はそのモノやサービスの情報発信者。さらに、次の瞬間は別のモノやサービスを売るための開発や情報発信のプランナーよ。」
ソーシャルメディアはさまざまな役割の使い分けを可能にし、使い分けに長けた人は、その時々での役割に応じてベストな役割演技をするようになる。
その時々で役割演技をすることが当たり前の行動形式になると、さまざまなタッチポイントで受け取る情報についての処理方法もこれまでとは変化するだろう。
つまり購入に際しての意思決定プロセスが送り手・受け手が分断されていた時代とは本質的に変化しているはずである。
この変化と同時に、生まれつつある共同体的な感覚も含めて、探索してみたい気持ちに駆られている。
といえば、束芋氏。国立国際美術館での展示が9月12日までだったことを思い出し、行く。
天井に展開される団地層のインスタレーション。
このインスタレーションには人は一人も出てこない。
圧倒的な量のモノ、モノ、モノ。
にもかかわらず、この圧倒的な人間臭はなんだろう。
そういえば震災の時。
洋服ダンスから飛び出して散乱した洋服、棚という棚から落ちてちらばった膨大なものたちを目の当たりにしたとき、
こんなモノたちを使っていた人間の生き霊が暴れた現場に立ち会う羽目になって迷惑している人になったようなヘンな感触におそわれた。
こんなモノたちを使っていたのは自分自身なんだけど。
頭ではわかっているんだけど、ロジックが破綻してしまったのだ。
震災でもないのに、ロジックを破壊してしまう力がここにもあった。
次なるインスタレーションは、団断。
貧乏学生昭和なアパートを上からのぞき見しているような視座。
無防備すぎて「あられのない」人がときどき出てくる。
そういえば「はまった」インタビューの時、
相手の心の奥底に沈殿しているものに手を触れてしまい、
ねっとり臭くて、手をひっこめる。
おっと、ここは発酵が進んでしまっていた。
仕事とはいえ、ちょっときついなと思う瞬間。
そんな感じを思い出す。
吉田修一氏の「悪人」。
新聞連載時の束芋氏による挿絵が小説の連載よりも楽しみだった。
今回、その挿絵群も続き絵で見られる。
この続き絵、「悪人モチーフ鳥獣戯画」として見たのは、きっと私だけではないはず。
まだお運びではない方はぜひどうぞ。
日本原産の野菜、となると、実は、ミツバ、ウド、セリ、フキなど数えるほどしかないそうである。
クセがあって、食べるところが少ないものばかり。
もし、今、そんなものしか手に入らなければ、食卓はさぞ殺風景だろう。
農薬騒ぎで中国産を避けて国内産の野菜を選択する傾向はまだ残っているが、
実は多くの野菜について原産をたどると、多くが中国大陸、朝鮮半島を経てやってきたものである。
イネ・カブ・ダイコン・ナス・レタス・ウリ・キュウリ・ムギ・ソバ・ネギなどはすべてこのルート。
その他、南蛮貿易をへて、トウモロコシ、スイカ、カボチャ、ジャガイモなどがやってきた。
それを日本で栽培して品種改良をしながら、今の野菜たちができあがっていて、
結果、我々はいろいろな野菜を楽しめる日常に生きて、この野菜の原産がどこか、なんて、忘れてしまっている。
野菜をむしゃむしゃ食べながら、他国から取り入れたものをしみじみとはぐくみ、改良し、ふと気がついてみたら、
他の国が簡単に真似できないようなレベルにまでひきあげてしまう、われわれの強さについて考えている。
そういう「はぐくみ力」って、頭を動かすことと手を動かすことをバランスよくしないとトレーニングできないんじゃないかな、
と思いつつ、「ひとふでんず」のことを考えている。
「野菜とひとふでんず」、このテーマもいいですね。
しばし、妄想。
になるのが、9月8日午前2時頃。
実は、今日の夜中、二十四節気、「白露」の日なのである。
「白露」
いかにも涼しそうな響き。
陰気ようやく重なりて露にごりて白色となれば也(暦便覧)
野には薄の穂が顔を出し、秋の趣がひとしお感じられる頃。朝夕の心地よい涼風に、幾分の肌寒さを感じさせる冷風が混じり始める。
この頃から少しずつ、秋が深まってくるはず、はず。
なのに、なのに。
昨日の京田辺市は39.9度。
9月になっても手を通したくなるのが麻だし、
秋の幻想と妄想で生き延びる日々。
イマジネーション豊かにしつつ、熱中症に気をつけましょうね。
こんなに変な世界をもっているのか」という問いへの答えです。
と著者大野英士氏が語る新著。
下記、新評論社から送られてきたニューズレター掲載の著者インタビューより抜粋。
問:本書の「神の死=ニヒリズム」が世紀末を規定しているというテーゼが、現代においてもつ
積極的な意味とは?
我々人間は地球という生態系が成立しゆく時点で、様々な偶然の戯れによって偶々生まれた
狂った種なのかも知れません。けれどいずれにしても我々は「意識」を持ってしまったのだから、
自分たちの素材の根拠や意味をもとめざるを得ない。19世紀はそんな「意味の根拠の喪失」を
オカルティズムで埋めようとした時代でした。いや、現在もなお我々オカルティズムに囚われて
いるといっていい。超越と内在の問題を、オカルティズムを媒介させずに解きうるか。
ユイスマンスが突きつける「問題」があるとしたら、突き詰めればそこです。
問:人文的営為を蔑ろにするこの趨勢のなかで、文学研究は時代批判とどう関わるのでしょう?
慢性的な「利潤率の傾向的低下」という資本主義の根本矛盾を糊塗する手段として新自由主義が
登場した。そこでは単に「生き残る」だけでなく「人間らしく生きる」ことを可能にする人文的教養に
集中攻撃がかけられ、それは日本でさらに露骨な形をとった。だがいまや「生き残り」に動員されて
いる人々ですら、そんな生き方に辟易しているのが現実ではないか。目先の利益を考えずテクスト
を読む喜びと欲望を手放さない覚悟こそ学問本来の姿ですし、そうした文学の意味に共感してくれる
読者がいるのだと確信しています。
***
私にとって印象的だったのは、
「生き残り」に動員されている人々ですら、そんな生き方に辟易しているのが現実ではないか
というくだり。
MBAもしくはコンサルティングファームでの経歴をもっていて、さまざまな業界のベストプラクティスに通じ、
引く手あまたな人材の中に、「そんな生き方に辟易」している人がいるのを垣間見る。
彼らが個人的に必要としているのは、おそらく、近視眼的なROIを確かにするものではなく、
コミットしてしまった相手との間にもうけた「自分の子供をどう導くのか?」という長期的な(生物的な)問い。
今日明日の雇用とお金に苦労していない彼らの小さくくぐもった声は景気回復大合唱の波の中で消えている。
彼ら自身の寄る辺となる思想が、今、見あたらないように思えることこそが底深い問題なのであり、
だからこそ、今、オカルティズムに対する思考が重要なのだと思う。
19世紀末から100年を経た今、「神は妄想に過ぎない」と、どこかの脳科学者が言い切る時代なのだ。
だったら、次の100年、どうすればいいのだろう。
日本は後退戦の時代に入ったという人がいる。
それについて私はどうの、という意見を持たないが、
自らが下り坂にさしかかっている世代がしたり顔でそれを語るのを見ると、
やりきれないずるさを感じる。
自分の老化と戦うことはつまり、後退戦を戦うことであり、
日本がそういう状況にあるということは、自分の個人的な戦いと社会的な文脈での戦いが
枠組みとして同じであることを言っている。
言い換えるなら、それはつまり、
自分が老化と戦うという個人的な後退戦すらも、社会的な文脈に重ね併せて、
「自分が主流であること」を訴えているのだ。
今まで、老いることや介護ということについて、語る気もなかった人たちが、
(無意識的に)自分たちの主流感を保つために、そういうテーマを持ち出しているとすれば、
日陰のテーマに日の目をあててくれてありがとう、とお世辞として言ってはみるものの、
本音では、どこまで行ってもつきあいきれないよな、と思っているのである。
帰りの飛行機では、2歳くらいの子供連れの母親が隣で、
さすがに仕事でぐったりしていた私は、正直うんざり。
周囲への気遣いゆえ、
子供連れで飛行機に乗ることに伴う多大なストレスを知ってはいたものの、
声がけもできず、ただひたすら目を閉じていた。
再建がらみで風当たりの強いJALの機内は、最近いささかすいているのだが、
こんな機内でも、3つの座席にたまたまびっちりな組み合わせはどうかな、とも思いつつ。
JALの機内に常備してある絵本は「ぐりとぐら」のシリーズ。
母親はそれを2冊ばかり借り、読み聞かせた。
子供番組のナレーターみたいに、よどみなく感情をこめながらの読み聞かせは、
完璧で素人っぽくなく、なんだか不思議な感じがした。
「ぐりとぐら」と「ぐりとぐらのかいすいよく」の2冊、お子さんへの読み聞かせのご相伴にあずかり、
子守歌を聞いて眠るオヤジおばさんがそこにいた。
頭の中に炭酸をいれてかしゃかしゃと振りたいな。
炭酸を頭の中でぷちぷちとはじけさせて、
ひろがる不思議な感覚といっしょに遊びたい。
そんな頭の中では、世の中はどんなすがたにみえるのだろう。
今の私の頭の中のありようとはまったくちがったものだろうけれど。
客室乗務員さんのアナウンスで、今日は機上から夏富士を目にすることができました。
富士山は雲の上にぽっかり黒々あたまをのぞかせて。
でも、「夏富士」の期間ももうすぐ終わり。
どんなに暑くても、もう9月。
ということは、今年もあと4ヶ月を切りました。
ということは(しつこいですけれど)、
今年もあと3ヶ月、ということですね。
毎年9月になると、「今年もあと3ヶ月」と唱えて、
気を引き締めるのです。
放射線治療が終わり、ホルモン治療を開始。
ノルバテックスのジェネリックの薬、タスオミンを処方された。
さまざまな副作用が現れる可能性もあるらしいが、
どうなるものやら。
とりあえず、今回の出張が終わってからのみはじめます。
続けられれば、直径1センチぐらいの比較的大きな錠剤とともに5年間の予定らしいです。
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