父の玄米

| コメント(0)

いつもちょっとかたく炊けてしまう玄米だが、今日はうまく炊けた。

口に含むと、一粒のお米の輪郭が舌で識別でき、噛んだ歯を押し返す力と、

歯の力に屈してそのまま崩れる柔らかさの中からうまれる、ほの甘い香ばしさ。

 

その瞬間、あっという間に40年以上前にタイムスリップ。

当時30代半ばだった父は、とある晩、母の炊いた白米を無視して、

圧力釜で玄米を炊いていた。

父の玄米をはじめて食べたその晩、私は、いっぺんに玄米の味が好きになった。

今日珍しくうまく炊けた玄米の味とそっくりそのままの味。

これまでたいしてうまく炊けなかったせいか、父の玄米の味は今日まで思い出したことはなかった。

 

さらに、なぜ父が玄米を炊いていたのか、今の今まで考えてみたこともなかった。

 

悪性リンパ腫と糖尿病を煩い、50代で若年性アルツハイマーを発症し、60代前半で

あばれる手をしばられたまま肺炎でなくなった父。

実は若い頃から、不摂生の限りを尽くしながらも長生きしたかったのではないか、とふと思う。

白いご飯よりも妙においしかった玄米のアンバランスな具合に、

人生のちぐはぐさを重ね合わせてしまい、複雑な心持ちになる。

コメントする