「モノ欲しさ」の賞味期限

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「お金を払ってモノを買ってくれる現象」に注目して、

そのひとたちの気持ちについてのあれこれを調べる仕事の賞味期限、

個人的にはあと3年ぐらいだろうか。

自分自身が感じる「モノ欲しさ」についてのボルテージが非常に下がっているゆえ。

なので、ノウハウ全部をオープンにすることにした。

 

しかし、この「モノ欲しさボルテージの低下」、

わたしの個人的かつ年齢的な問題だけとは言えず、

世間に蔓延している今の空気、と関連しているのか、とも思う。

 

小さな国土に、たくさんの人をのっけて、狭くても幸せになれるよ、とばかり、

なんだかんだいっぱいモノを作ってしまって、モノで埋め尽くしてはみたが、

とうとうモノばかりになり、

無理矢理、新たに選ぼうにも、

その場しのぎのモノ、もしくは今までもあったり、お互いに似たようなモノが多くて、

とくに今、買わなくてもいいものばかり。

そんなモノたちの中から、

何かを選ぶために、注意をとられて、時間をとられて、さらにお金をとられるということに、

飽き飽きしている人々が出すため息。

これが世間を覆っているのかもしれない。

「消費って、なんだか、つまらない」みたいな。

 

考えてみれば、これまでの歴史の中で、この国の大衆がこれほどモノを享受した時代はなかったわけで、

実は、はじめて経験していること、なのである。

 

モノの価値に賞味期限がきているかわりに、「いま、ここ、わたし」という刹那的個人的な経験価値が相対的に上昇。

しかしながら、今、欲しい「いま、ここ、わたし」経験は、必ずしもたくさんのお金がいるわけでもなし。

実際、お金がいらないものも多いし。

 

こんな時代のマーケティングどうするんだろ。

一昔前では通用していた、

みんなが求める価値のあるものとその対価の関係がねじれて使い物にならず、

「需要と供給」という考え方はあったとしても、「何を」テーマに「需要と供給」を考えるか、というところ、

前提を変えなくてはならないことも多いのだろう。

もう、本当に「モノ」じゃないんだろうな。

 

ふと、「邪悪になるな」、というGoogleの誓いがBGMになって流れてく。

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