競争もなく、むしろそこにあるのは共同で、
箴言ではなく励まし合いがあったとしても、
あなたとわたしは同じではない。
究極的には違う道を歩むということをつくづく思い知るのは、
同じ病気にかかった人とともにいる時である。
話せば話すほど、共通点の色濃さは増し、
話せば話すほど、相違点から始まる分岐はしだいに大きくなる。
結局、同じ色濃さの部分のおみやげを手に、
それぞれの分岐をゆくことになる。
それは人生と何ら変わるところはないのだが。
普段の生活なら、
共同と励まし合いさえあれば、
ただ一人生まれ出で、逝くというこの事実に
対峙せぬとも済むものが、
対峙せざるを得ない様相がここには現れる。
「一人」という覚悟が要るのは、競争と箴言のただ中ではない。
重い、軽いに関わらず、
共同と励まし合いの力で高く持ち上げられた自分はやはり一人であったということを知るときに、
初めて気づくのである。
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