「今時、強欲は流行らない。世は共感の時代を迎えたのだ。」
こんなフレーズで始まる本を読んでいる。タイトルは「共感の時代へ-動物行動学が教えてくれること」。
動物行動学からの知見が埋まっている本だ。
中身の話はそのうち。
今日これを書いているのは、
最初のフレーズで、つっかかってしまったから。
よく言われることであるが、
マーケティングで必要なことの一つは、インサイト。
いろんな定義があるけれど、今は、「買い手の共感を生む、手垢のついていない事実」としておこう。
このインサイトをつかまえてうまくお料理できれば、コミュニケーションを軸にしたマーケティングのディナーに対して
お客様は喜んでお金を払う。
さて、
どんなにきれいごとのように表現しようとしても、
マーケティングは強欲な手段ではない、とは言い切れない。
コミュニケーションにおいて卓越なマーケティングをしようとすれば、
買い手の共感を呼ぶインサイトの発見はクレバーな解である。
マーケティングを知っている人ならば、
「今時、強欲は見せない。大いなる共感の発見がそれを満たすのだ。」
なーんて、言い換えるかもしれない。
強欲は、「利己的な遺伝子」の存在を絶対とすることによって是とされた。
「共感の時代へ」はそれを否定したい本なのであるが、
共感を武器に用いることにより強欲自体が強化されうるというトリッキーな一面がマーケティングというシステムの一面であるとしたら、
それに対してこの本はどう応えるのだろうか。
贈与に対する共感を軸に、プラットフォームを牛耳る世界的覇者は強欲ではないと言い切れるのだろうか。
共感が欲を満たす手段だと知っている確信犯たちは、欲から強欲へのボーダーラインを自らひけるのだろうか。
もしくは、共感ゆえにその対象に引きつけられた共鳴者たちは、対象となる主体の強欲さが表に出たとたん、
潮が引くようにいなくなってしまい、
結果、強欲者は淘汰されるのだろうか。
答えはこの本にはないと思うが、読み始める。
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