実はコレ、在阪メディアの「オモロいことしかけ屋」として注目をあびる株式会社140bが今月上梓したコミックエッセイの題名。
「せやし」ということばについて、原作者の小林明子さんは「京都流玉虫色」のことばであると巻末に書いている。
英語の「You know」。「Because」ほどカタくない。なるほど。
でも、きれいに流しすぎやな。私はひつこい性質。
私は京都人ではない関西人なので、京都周辺にいる人間として「せやし」に接する機会も多かった。
「せやし」は、
今まで会話されてたことについて、相手とその意味が共有されているのかどうかの確認もええ加減にすませ、
「悪いけど、今、自分の都合で、文脈のポイント切り替えをさせてもらう」という自己意思表示として使われている、と私は思う。
「You know(あのね)」ってのは、そもそも図々しい言葉。
その訳は、「Because」だけでなく、隠された「But」や「I believe」も含み、とどのつまり「Anyway(今までの話なんかどうでもええけど→私はこう思う、が続く)」という意味合いが色濃いことにある。
「せやし」、実は「You know(あのね)」モードを使った、単なる話題ポイント切り替え機。
相手に有無を言わせず、というのが「せやし」という話題ポイント切り替え機の設計思想なのだ。
「せやし~」と他人の話に同意するように発せられることはあっても、それは「自分の意見への承認を経て、持論を展開する」ためのきっかけにすぎない。
ごっつい高ピーな思想背景は、玉虫色に使われることによって高ピー加減がばれない「潜伏する帝(ミカド)」の擬態仕様となっている。
で、唐突に「だし巻」である。
だし巻と言われた途端、私の頭はだし巻きの大ショットに占領される。
あのはんなりした黄色、ふんわりのたたずまい、たちのぼる卵とだしのにおい、が渾然一体となって脳をしびれさせる。
あー、食べたい、今晩つくろかな。
いや、しかし。
だし巻、なにげにすごくむずかしいのである。
誰にでも手に入る材料と道具でできるおばんざいなのに。
人生で100回以上は作ったと思うが、いまだにうまくできない。
とどめは「京そだち」。
京都へ行った、京都で学生生活を過ごした、京都で働いた。
そんなこんなは「京そだち」とはほど遠い。
「東」のついた「京」のお金持ちが京都に越してきて、
「京ぐらし」をする人も多くなった。
しかし、死ぬまでやっても、
「京そだち」にはなれない。
自助努力ではどうしようもない。
「せやし だし巻 京そだち」=「潜伏する帝 日常超絶技巧 選民性」
実はすんごいプライド高くていやらしい3つの要素が潜む冠タイトルなのだ(身をやつしても、やんごとなき人々の日常はやんごとない)。
タイトル決定までのお話しはこちら。
ぎりぎりに決まって良かったのかも。
コミックエッセイだからこそ、このタイトルの重責を軽々と超えている。
眺めて(コミックなので)読んでたら、
「京都」という超ビッグブランドと「ひとびとの日常」というイメージの格差の中にまた、面白い話が生まれるという事実に触れて、
ブランディングさえしておけばそれ自体で稼げるし、格差でもネタになるからやっぱりブランディングは重要やな、と、
こざかしくマーケティングちっくに頭を巡らしてはみるものの、
京都の親戚に電話して「せやし」の語法をなにげに確認したくなり、
どんな手段を使っても、うまいだし巻きが無性に食べたくなり、
掲載されている「小林さんご推薦の地元の名店」に行って、「京そだち」ぶりをまねしたくなるのであった。
せやし、下手な分析してもはめられてるし。
(せやし=Anyway)
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