サランラップの表現

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明日はigu伝の展覧会に使う絵の色校出し。

色校正に時間と手間をかける。

20年ほど前、そんな世界をちょっとかじっただけの私だが、

印刷や色のほんのちょっとした違和感のつみかさねが

根本の価値をも揺るがす事態になることは身体でわかっているつもり。

どこまでいっても、所詮印刷なんだけれど、何を表現したいかによって、

こだわりも決まり、到達点も異なる。

 

リアルのように見えてリアルではない画像だけを怒濤のように見せられて、リアルを知らない世代の

リアル感はせいぜいリアルにサランラップをかけたような程度だという話を本で読んだ。

サランラップ一枚の隔絶感は薄いけれど確実に相手を隔てる。

においも、感触も、接触も。あの一枚の透明なてかりが色の明度さえ変える。

 

サランラップのかかった土に指をいれても、爪のなかに土は入らない。

人と人のコミュニーションの間にもいつも一枚のサランラップがあるのかもしれない。

サランラップを突き破るような刺さる言葉を求めながら恐れる。

私を含め、ネット上で発言するとか、つぶやくとかする人は、

刺さる言葉を求めつつ、サランラップを手放せなくなった人たちなのだろう。

 

 

 

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