謡の名手でもあった。
甥っ子氏の回想によると、
「叔父(須田)が電話をたまにくれて、これから金剛の能楽堂へ行くけども、付いてくるかっていうんです。
私は大喜びで付いていきます。私は舞台に目を向けようとしているんですが、隣に座っている叔父は、
目はきちんと舞台を見ているんですが、手は動いている。スケッチブックを広げてクロッキーをしている。
全然自分の手元は見ない。ちゃんと舞台を見ている。謡のことは全部分かっている人ですから、舞台を
見ながら手を動かしている。ほんとうにびっくりしました。...」
油絵作家の彼はドイツ語でゲーテを読むかと思えば、日本の古典にも通じていて能に限らず、
井原西鶴も語れる。
晩年は畳の上に正座して、イーゼルを前に立てて絵を描いていたそうだ。
そういう人が今生きていたら、お会いしたい。
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