大阪市内の寺町生活も今年で6年目である。
墓石だらけで、
老人が多く、
緑はあるが、
線香くさい。
そんなところに、
わざわざ人々は集まって、
祈り、喜捨し、花を手向ける。
皆、
そんな行為をしている自分を、
どこかで同時に見つめて、
今、生きていることを感じている。
縁もゆかりもない人々が、
石のなかではなく、
今、ここ、生きている側にいて
死者と向き合っているという同時性連帯感で、
どこか結ばれている。
わざわざ、retweetしなくても。
大阪市内の寺町生活も今年で6年目である。
墓石だらけで、
老人が多く、
緑はあるが、
線香くさい。
そんなところに、
わざわざ人々は集まって、
祈り、喜捨し、花を手向ける。
皆、
そんな行為をしている自分を、
どこかで同時に見つめて、
今、生きていることを感じている。
縁もゆかりもない人々が、
石のなかではなく、
今、ここ、生きている側にいて
死者と向き合っているという同時性連帯感で、
どこか結ばれている。
わざわざ、retweetしなくても。
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