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寺が多く、木もそれなりにあるせいか、家の周りでは鶯が鳴いている。飛行訓練中の雀の子も、我が家のベランダにときどき撒いてあるお米をつたないアプローチでついばみに来る。不安になると必死の呼び声で親鳥を呼ぶ。伝耕分室から見える一心寺では桜満開。寺町ゆえ老齢人口の割合が高いこのあたりも、春になると若やいでなぜか街の平均年齢が下がったように見えるのは毎年ながら不思議なこと。雀の泣き声は無視だが、鶯が鳴くと、通行人はどこで鳴いているのか確かめようと、判で押したように辺りを見渡す。人間はひとりひとり異なっているようで似ている。が、同じと言い切るには十分違う。「たかがの違い、と、されどの違い」、この分散の中に、すべての人が収まっている。そんなプロットを思い浮かべながら、伝耕分室引っ越しのゴミ出しを終えた土曜の朝だった。

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