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igu伝の展覧会で作品に使う紙を選択。二次元の紙としてではなく、厚さや起伏、温度を持つ「三次元の物体」として。

どんな紙を選ぶかによって、作品から受ける印象が全く異なる。

 

「IT」と対比して語られる「紙」は文字や絵を載せる二次元の媒体にしかすぎない。「紙」自体が物体として持つ価値はない。

この文脈における「紙」の価値ならば、これからの時代、「紙」の根本的な存在理由はもうないのだろう。

 

コンピュータの画面で、でこぼこだとか、ざらざらだとか、どんなに精緻な画像を見せられても、

今のところ、それはつるっとした画面の上に映し出された視覚の感覚転移を待つ、間接的な刺激に過ぎない。

さわることができないもどかしさをいつもはらむ。

「触感マウス」か何かが装備されて、その触感を瞬時に伝える何かに代わるものができれば話は別なのだろうが。

 

今日、二次元の媒体としてではなく、「三次元の物体」としての紙は、すかし、エンボス、金箔、ざらざら、でこぼこ、つるつる、ぴかぴか、かさかさ、等々、

「視覚のインプット→触覚での確認とおどろき」をほぼ同時に満足させてくれるものだった。

 

人間の目の精度は寿命に比して、精度の高いまま保持されない。実は老眼は20代からすでに発症しているという話も聞くし、

40代の終わりにもなれば、目の限界に気づく人も多くなる。

そうすると、どうも目だけに頼る生活が嫌になってくる。その次に老化が来るのは耳だろう。

 

ITの世界では特に目の感覚器官を酷使する開発競争のただ中。同時に耳も酷使される環境にある。

ただし、高齢化する人類という軸を据えてみれば、長持ちする感覚は視覚や聴覚ではないので、この器官に頼る比重が高すぎると、限界点が出てくるのだろうな、と思ったりして。

味覚は、グルメばやりで確固たる地位を築いている。しかし、やはりこれも年齢と共に衰えるものらしい。

 

年を取っても触感はどの程度キープできるのかな。

例えば手ひらや指の腹の触覚の精度は、たとえば「目」に比べると明らかな年齢による衰えが少ないような気がするが、誰かそんなことを研究している人はいるのだろうか。

ふと、そんなことを知りたくなった(ご存じの方がいらしたら教えてください)。

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