アクティブ・インタビューについて

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「インタビューの産物は、回答者と調査を行うインタビュアーの両方がコミュニケーションを通して、生み出されたものである。」

  ジェイムズ・ホルスタイン、ジェイバー・グブリアム 「アクティブ・インタビュー 相互行為としての社会調査」より抜粋 

 

当たり前の話。

しかし、ビジネスとしての社会調査(市場調査)に慣れ親しんだ人ほど、このフレーズに引っかかると思う。

調査を行うインタビュアーというものは回答者にとってどこまでも中立的な存在で、クライアントにとっては透明な印象を与えなくてはならない、という呪縛が長い間あった。

その呪縛がきつい人ほど、インタビューの産物が「コミュニケーションを通して、生み出されたもの」という相互作用的なスタンスに引っかかりを覚えるはずである。

クライアントの立場にしてみれば、回答者の中身だけ引き出してほしいのであってインタビュアーとの相互作用の結果であってほしくない。なぜならば、「相互作用」と認めた時点でその結果は「独立」した内容でなくなり、故に他の場合に適用不可能である、と。 

 

いや、しかし、仮に、回答者にのみから得られた独立した内容(あり得ないが、仮に)を取り出せたとしても、それは全く意味がない。

独立した内容は、その内容を知りたかったクライアントと回答者の思考とのリンクがないからだ。

膨大なナラティブを納品しても、クライアントにとって、何のアクションも起こせない文字の山になるだけである。 

 

あなたが、研究目的ではないインタビュー調査を行っていて、相互作用という前提を認めてビジネスとしての効果を最大化するには、

*インタビュアーは半分クライアントの頭になって、回答者と相互作用を起こす。そうすることによって、インタビューはクライアントにとって、独立した結果よりもより理解されやすく、アクションが示唆されやすい内容となる。 

 

しかし、クライアントの頭になるのは半分だけにすべきである。もちろん全部なりきっても、クライアントからは攻められはしない。「こちらの立場を、よくわかってやってもらった」、と評価されるだろう。

が、実は半分以上多くすると、クライアントの思考をトレースしているだけなので、探索の余地が狭くなる。

頭の残り半分は、

*インタビュアーは、回答者にとっての世間、友達、恋人、子供、同僚、親等々、さまざまなスタンスをとる相互作用をする役としてオープンにしておく。サッカーの「リベロ」のように。

決めつけないスタンスで、即応的に回答者と向き合って相互作用を進めると、発見に広がりと深みが出てくる。 

 

しかし、このやり方はそれを評価できるクライアントを選んでね。下手にやると、理解されません。 

 

で、あなたが、それを評価できる素敵なクライアントと仕事をしているのなら、

*さらに、その即応的なスタンスで得られた結果が、頭の半分を使ってやってみたクライアントの視点で得られた結果とどのように異なるのか、ということを、自分の頭の中で整理して、インタビュー後のブリーフィングで語る。 

 

それができれば、ブリーフィングの場でおそらくアクショナブルな選択肢が数個出てくる生産的な議論の導入になるでしょう。  

コメント(2)

確かに!!

私の頭の中で、

「たしかに!!」が、こだまのように・・・連呼してます(笑)

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