23日、奈良・東大寺二月堂修二会(お水取り)で十一面観音周辺に飾るツバキ造花作り(=「花ごしらえ」という)が報道されていた。
本行は3月1日から行われる。
華々しく、ニュースで紹介されるフォトジェニックな「お松明(たいまつ)」は3月12日からなので、そのイメージばかりが先行するが、準備は着々と行われている。
その準備のひとつ、「花ごしらえ」の様子がyoutubeにアップされていた。
http://www.youtube.com/watch?v=d5t9UyGfR9Q
ていねいにこしらえているね。
それにしても、「花ごしらえ」、素敵なことばだな。
実は、先週18日、お水取りでお松明を燃やすための準備として、当然必要な灯油を準備する「油はかり」が行われていた。
ものすごく地味な作業。
二月堂常住の真っ黒な油壺に菜種油を注ぎ込み、目盛りを刻んだ木の定規を壺の底に当てて量を確認します。油枡は用いません。三つの油壺に、それぞれ一斗三升、一斗二升、一斗の油をはかり納めることになっています。合計三斗五升。
エンジンを燃やす「燃料=油」の確保は重要なのだけれど、「準備作業の中では」フォトジェニックではないので、「花ごしらえ」ほどのニュースとはならない。
そういえば、私、2月は春に向けてエンジンをかけまくる、なんいう風情のないことを書いていた。
で、結局2月は、伝紋ワークショップの実施やネットワーク作り、igu伝のプランニング、
新しい分室兼ギャラリーの選定、春のひとふでんず作成企画というもののほかに、
これらの原資としてのマーケティング関連の仕事も別にしていたので、結構、充実の月で終わりそうである。
これも2月は頑張る、と決めてやったまでのことなので当たり前なんだが、
寒い2月に準備にいそしむというのは季節の気分にぴったりだったんだろう。
いや、しかし、「2月はエンジンをかけまくる」なんて、思えばダサすぎる表現だった。
で、言い換えるにしろ、「2月は油はかりをする」では地味すぎる気もする。
来年も2月は特に準備にいそしむ月とするが、3月を夢見てがんばれる言い方として、
「2月は花ごしらえをする」の月と呼ぶことにしよう。
東大寺のサイトで修二会についてじっくり読むと、準備期間は3ヶ月を越える大きな法要で、
東大寺はそのながい歴史にあって、二度までもその大伽藍の大半が灰燼に期してしまった時ですら、修二会だけは、「不退の行法」として1250有余年の間一度も絶えることなく、連綿と今日に至るまで引き継がれてきたのである。
そう、「不退の行法」である。
2010年の今年、この行が始まった752年から一度も絶えることなく、1259回を迎えるらしい。
そう。きっと、花ごしらえも1259回やってきたのである。
で、そもそも修二会って何のためにやるの? (=え、あの、この長い間続いてきたプロジェクト、そもそも何のためにやってたんですか?←仕事で言う羽目になって睨まれるフレーズ)
歴史が長すぎて当たり前になっていて、なおかつ、その一部や細部がアーティスティックになっている行事だと、我ら、かなりの確率で「その目的」を忘れちゃう種族だから、ちょっとお勉強。
「修二会」の法要は、正しくは「十一面悔過(じゅういちめんけか)」といい、十一面観世音菩薩(じゅういちめんかんぜおんぼさつ)を本尊とし、「天下泰平(てんかたいへい)」「五穀豊穣(ごこくほうじょう)」「万民快楽(ばんみんけらく)」などを願って祈りを捧げ、人々に代わって懺悔(さんげ)の行を勤めるものです。
我らに代わって1259年懺悔し続けてくれている。ありがたいことですな。
あ、そうそう、十一面観音は暴悪大笑面(ぼうあくだいしょうめん:悪への怒りが極まるあまり、悪にまみれた衆生の悪行を大口を開けて笑い滅する)があることでもよく話題に上る。
でも、お寺に行っても後頭部にあるので、なかなか見られないよね。
こういうときは、写真で、悪を笑い滅してもらおう。
これは東大寺じゃないけど、十一面観音で有名な渡岸寺さんの、怖いにっこり。

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