転んだときに手をつかず、歯を折る子供の話が今朝のテレビで紹介されていた。
小さい時にぶつかったり、転んだりする経験がどうも不足しているらしい。
娘は、ひとこと、「あり得へん」と言った。
私自身幼い頃は、虚弱かつ過保護、因果関係は不明だが、とにかくその2項目の相関は異常に高かった。
母は何を間違えたか、上品な家庭の子を大切に育むカトリック幼稚園に私を入れた。しかし何かといえばすぐに発熱した私は、3分の1以上その幼稚園を休むことになった。
自分の娘は、少なくとも過保護にはならないようにと、仕事の関係もあって1歳から公立の保育所に入れることにした。
大阪府下ディープサウス、泉州漁師町の保育所に娘はお世話になることになった。
保育所初日、足のおぼつかない彼女を待っていたのは、保育所の園庭に続く、ひと足では降りられない結構な高さのコンクリートの階段。
それを降りないと園庭には行けない。
かつて自ら、幼稚園の頃にコンクリートの階段から落下し病院に運ばれた私は思わず目をつぶった。
ひと月ほど経ったある日、登所時間よりも少し送れて娘を連れて行った私は、1歳児の部屋をみて驚愕した。
ベニヤをはりあわせ、布のガムテープで被われた粗末な板をすぺり台に見立てて、斜度40度ぐらいに置かれた板を、1歳児がごろごろ転がっている。
先に転がって、立ち上がろうとふらふらしている子供に次に滑ってきた子供がぶつかって、また転ぶ。
どんどん「ダマ」になって、ごちゃごちゃになっている1歳児達。
ほんの今しがたまで私の足元にいたはずの娘は、いつの間にか滑り台を転がっていた。
後からすべってきた子供の足が立とうとして転んだ娘の顔に当たった。
おっと。
これも見ないことにして、その場をあとにした。
天気が良くて明るい日、コンタクトを入れた目で、保育所の廊下をふと見ると、老朽化した床があちこちでささくれ立っていた。
そこを、たくさんの子供たちが裸足で駆け回っていた。
誰も気にしていなかった。
そこで過ごした彼女の5年間。
空手を習っている女児の稽古台になって殴られたり、
友達を馬の背にして、だんじりに見立て、その上で「岸和田だんじりごっこ」をする遊び、
自分の身長より高い竹馬に乗ることが当たり前な竹馬歩き。
荒っぽい泉州弁でのけんか。
ディープサウスな保育所での日常。
その子供達が演じる秋の演劇、
「スーホーの白い馬」。
それぞれの子供が役になりきった感情表現に私は泣いた(周囲の父母も涙ぐみ)。
保育所の卒園式(卒所式?)では、
父母が待つ会場となった道場のような講堂に、
6歳の子供達は、ひとりひとり、「連続側転しながら」講堂に入場してきて、自分の席までたどり着いた。
もちろん、足ははだし。
大阪市内に引っ越して小学校に上がってから、
同級生たちが、どうしてそんなにすぐにすねたり泣いたりするのかわからないと言い、
やたらに身体が丈夫な娘、今朝のテレビを見たあとの一言、
「保育所、毎日死にそうに大変やったわ。」
あ、そうだったのね。
鍛えてくれてありがとう、ディープサウスな保育所。
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