オノマトペと通訳

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昨日、一昨日とひさしぶりに「なくしつつあることば」とビジネスでふれあう機会があった。

「なくしつつあることば」とは私にとって英語、である。

まったくもって、使われていない部分を使うというのは大層なもので、

久しぶりにビジネスの文脈で英語が流れてきて脳はぎこぎこ、

英語を発音するときにしか使われない顔の筋肉はぎしぎし、

ひどいものである。

やっぱり、もう一回、勉強しなおうそうかなあ。はあ。   

 

いやしかし、今回は、しばらくどっぷり日本語に浸かっていて、日本語の世界の豊かさにも慣れてきた頃だったので、

ことのほか、「文化的な表現の癖」と「通訳」の狭間で見落としがちな問題がよくわかって良かった。

どっぷり多国籍企業に浸かって、一年の2/3が出張であった十数年前に感じていたことと基本、同じなんだけれど、

今回はその感じていたことの重要性と普遍性がもっと切実に感じられた。   

 

その切実に感じられた内容の一部を取り出すと、

①日本の消費者の嗜好を判断するときは、表現上、単にそれが、「よい」、「すき」ということばの多少だけ拾うだけでは不十分。

②むしろ日本人は、よい、とか好き、とかをことばにするよりも、最初に、非言語的行動とオノマトペを同時に表現する場合があり、

その方がより好意度が高い場合がある。

なので、これを見誤ってはいけない(がよく見誤る)、ということ。   

 

たとえば、

商品①単にことばで、「これ、いいね~、好き~」と表現された商品A

商品②(すごく興奮した表情で)、「うわーこれ、ふわふわ~」と表現された商品B

と表現されたとき、商品①の方が、善し悪しと好き嫌いがはっきりわかる「いい、好き」が表現されているので、

コトバ通り訳しても問題ないが、商品②の訳は難しい。    

 

実は商品②は単なる感覚表現をしているのでなく、日本人にしては、興奮した表情、という非言語的行動の意味と、

「ふわふわ」というオノマトペ表現を組み合わせて判断すると、

「ふわふわとした他にない感覚をもった代替不可能な商品である(なので、すごく好き)」ということを言っている。

そんなことを認識して訳す同時通訳は非常に少ない(というか無理だろう)ので、語り手の表情を見なくてはならない。

ところが、日本人の表情は大げさではないので、特に欧米圏の人にとっては非常に認識しにくい。

というわけで、我ら日本人にとっては「すごく興奮した表情」なのであるが、彼らにとっては「ふつうの表情」だったりして、

結果、非常に重要な非言語的表現のキューを見落とす。

さらに、時間の切迫した同時通訳では、オノマトペが持つ「具体化された感覚表現(実はこれが代替不可能性につながる)」を訳し切ることがそもそも難しい。

「ふわふわでやわらかい」という表現が、「ふわふわ」がスキップされて、「やわらかい」ということばにのみ訳されてしまうこともしばしば。

もうその時点で、商品②が持つ感覚的便益のポテンシャルが切り取られ、結果、過小評価されてしまう。  

 

というわけで、通訳だけを聞いていた人の間では、商品①の方が、商品②よりも商品の特徴がかなり明確でポテンシャルが高いという結論になっていたが、

それを聞かされた日本側は、「そんなことはないのでは?どうしてそうなっちゃうの?」としばし、きょとん、である。

でも、そういうことが起こるのである。

 

その文化の表現の癖を知らないと、グローバルビジネスでは間違った結論になるのですね~。

がんばれ、日本のビジネスマン・ビジネスウーマン!

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