「最近、忙しい?」と聞かれて、いつも「別に」と答えてしまう。
「忙」とは、「心を亡くした状態だ」と思うから、「忙しさ」を是とすることを自然と拒否する。
「海からの贈物」を書いたリンドバーク婦人も、簡易な生活を望みながら、妻として主婦として母親としてのさまざまな用事と仕事を操る日々について、思いを巡らせている。
「曲馬団の軽業師も私たちに比べればものの数ではなくて、私たちは毎日、本や、乳母車や、日傘や、台所の椅子を頭に載せて綱渡りをしている。それだけに注意しなければなならない。」
このような生活の弊害について、
「これは少しも簡易な生活ではなくて、その反対の、私たちよりも賢明な人たちが戒めている煩雑な生活である。それは私たちを統一にではなくて分裂に導き、恩寵を授ける代わりに私たちの魂を死なせる。」
今年のテーマは、「どこまでも、こころをなくさない生活」とする。
会社のブログなのに、どうして「生活」なの? と問う人に。
生活と「いわゆる仕事」を分けないのが私のやり方である。
包摂関係ならば、仕事は生活の中にどこまでもとどまる。
そういえば、
仕事と生活を切り離して、仕事を語る人のコトバは嘘くささが漂う。
そういうコトバを信じる人も少なくなってきたのは、世間に年寄りが多くなって成熟したせいかな。
高齢化社会の恩恵。
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