年末年始、掃除だおせちだといっても、まあ、集中力でカタがつく、とハラをくくった。
この際、積ん読を解消しよう、ということで、
「師走多忙」
印籠背負い
隠れ読む
これぞ愉しき
読書三昧
今朝、鬼籍に入ったばかりのレヴィ・ストロースの講義録を読んでいたら、マインドセットについて世の中の
動きとその見方を絡めて、かんでふくめるような説明に出会った。
師走の時事放談の聴き方が変わりそうだ。
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老人にとっては、自分が若かったころ累積的に見えた歴史が、老いてからは停滞して見えるものです。 ひとたび時代の流れから身をひき、果たすべき役割がなくなってしまうと、時代は意味を失って、何ごとも 起こらないように見え、否定的な面しか見えなくなったりするのです。逆に孫の世代にあたる若者たちは 同じ時代を老人がすでに失った情熱をもって生きます。(中略) これもまた私たちの社会で観察されることですが、体制に反対する側の人々は、体制が進歩しつつある ということを認めようとしません。彼らは体制をまるごと非難し、歴史の流れの外にあるもの、それが 終わってはじめて清浄な生活が再開される、一種の幕間のようなものとみなします。与党の活動家の 見かたは、これとはまったく対照的なものであり、それも彼らが権力機構のなかで重要なポストを占めて いるほと、対象は著しいものとなります。(中略) ある文化を勢いのない、停滞的なものだ、と形容したくなったときには、それは私たちがその文化が 何に本当の価値をおいているかを知らず、そのために動態を欠く状態に見えるのではないかと自問して みるべきでしょう。 また逆に、私たちとは異なる基準をもつ彼らも、私たちの文化について同じような錯覚に陥っていないか、 とも問うてみるべきでしょう。言い換えれば、互いにまったく関心を引かないのは、単に互いに似たところが ないからなのではないかと。 |
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