第五話:話の範囲
①空っぽの「回答マシン」
マーケティングに関わるインタビューはある特定なテーマ(新製品の開発アイデアの創出・市場製品の改良・コンセプト・コマーシャルの評価等々)に基づき、内容が構成されます。
インタビューのモデレータはそのテーマに沿って話が円滑に進むよう、うまく舵を切ることが求められます。
ところが、数人集まってもらったフォーカスグループを実施したところ、クライアントさんが知りたいテーマについて、対象者がさほど興味を示さず、話が盛り上がらない、という事態、結構あります。
で、しばし好き勝手に話をさせていると、そのときに盛り上がる話はテーマとは関係のない話だったりして。
そのテーマについての話だけを聞きたいクライアントさんは、だんだん「いらいら」してこられます。
「司会者はなぜ、話をもとに戻さないんだ」
ちょっと我慢してくださいね。これには理由があるのですから。
ある商品についての評価を聞きたいとして、その話を振っても、その商品に興味がなければ、「知らない」「あまり関心をもってみたことない」。そこでプローブして、「どうして関心が持てないんだろう?」と聞いてみても「...。」
興味や関心がないことの理由を聞かれるほど、難しいものはありません。
「どうしてって、あの、ほとんど興味ないから、考えてみたことない。」
話の対象をそこに限っている以上、もう何も出てきません。そこにこだわって話を掘りつづけると、インタビュールームには、嫌な雰囲気が漂いはじめます。
興味関心がないことに対しては、「回答マシン」として期待してみたところで、対象者の中には何も入っていないことが多いのです。
こういうときは、あえて、「じゃあ、どんなことに興味ある?」とフローを変えて、興味の構造を探るように方針変更。
しばし、自由に話をして盛り上がってもらってから、「じゃあ、今話した○○には興味があるけれど、さっきの○○には興味を持てないのは何でだろう。」
何も入っていなかった回答マシンの中に、別のテーマについての回答を入れてから、なんで、最初は空だったのか考えてもらう。
一見、遠回りだけれど、「ココ掘れワンワン」型でしつこく食い下がるインタビューよりもずっと実があります。
②「回答マシン」ではなく、人間全体
インタビューにお答えいただく方を、そもそも「回答マシン」などと呼ぶこと自体、非常に失礼なことです。
なぜあえてこういう言い方をしたかというと、対象者から得られた意見がそのようにしか扱われていないことが多いからです。
一つインタビューをすれば、インタビューのために設定されたビジネスの目的以外のさまざまな知見が豊富に詰まっています。
今回は、こういう目的だから関係ないけれど、この人はこんな欲望を持っているな、とか。テーマには関係ないけれど、この人はこんな商品やサービスを必要としているのではないか、など、まさにセレンティビティのような発見があります。
もちろん、その発見のためには、いったんテーマを離れて人間としてみることが必要。
つまりあるテーマに対する「回答マシン」ではなく、「人間全体」としてみて、そして、もう一度そのテーマに関する内容とつなげる。
本当は、そんなときに、最も豊富な知見が得られるのが、インタビューだと思うのです。
できれば、一度、研究を兼ねて、部分から全体、全体から部分をみながら相互に還元可能・不可能なものを見極めるインタビューをやってみたいなと思います。
コメントする