「消費者」というコトバ

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浄土真宗本願寺派の大谷光真門主が新著「愚の力」の中で、

「消費者」ということばは「いやな日本語だ」と記されているらしい。

新聞でそんな記事を見つけて、著書自体をまだ読んではいないのだけれど、

それだけで、どきっ、といたしました。

「消費者」とはなにか。

「まさに欲望と直結した人間になることを意味する言葉です。」

なるほど。

 

「欲望をどう方向付け、どう利益に結びつけるように導くか」ということが、

マーケティングという行為の身も蓋もない本質。

とすれば都合が良いのは、その行為の対象が「欲望と直結した人間」ばかりだといいわけで。

なので、世の中のすべてが消費者であるように動機づけられた・ている、と。 

 

20年前なら、えっと、それで何か問題でも?

それで、搾取して儲かってぐるぐる廻っているのが世の中でしょ。

と言ってのけた私であろうが、

そういうことを突き詰めた先には、幸福がないような気がする。 

 

ならば、代替案として「消費者」ではない「人間」は、

どう位置づけたらいいのだろうか。

位置づけられた新しい「○○者」だらけの世界は、どんな世の中になるのだろうか。

もしくは一つの「○○者」だけでなく、「△△者」とか「□□者」とか「××者」とか、

いろんな「者」が混ざり合う世界なのだろうか。 

 

日曜はこういうことを考えても良い日、ということにしておく。

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