鎖国していた時代があった。
鎖国の時代は暗黒の時代と表現される。
何が暗黒だったのか。
さまざまな世界の動きの中で
相対的客観的に自己をモニターすることに必要な光が差し込まなかったので暗黒ということらしい。
では今はどうなのだろう。
相対的客観的に自己をモニターすることに役立つ光は差し込んでいるかというと、
玉石混交、あらゆるメディアであらゆるところに差し込んでいる。
きっと、
本当に必要なのは光そのものの量ではなくて、
それを受け入れて咀嚼しようとするレディネスが高いことであろう。
事実、鎖国していたときでさえ、
一部の地域や人々の中でのレディネスは異常に高く、
そこには何かを生む磁場があった。
不況だとじゅくじゅくしている間に
ほどなく世界第三位の国になり、
光は差し込んでいるのに、暗黒な気分になるのだろう。
光がたくさん差し込んでいようが、ほんの少ししかなかろうが、
必要なのは健全なレディネスであると気づく人が増えてほしい気がする。
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