自分の道は何だろうな、どんなことに自分は向いているんだろうな、ということを考えるとき、迷いなくその道に進んでいる人を範としやすいものだ。
わかりやすい例でいえば、イチローとか。
「人生をどう生きるか」というテーマでとりあげられやすい。
しかし、
そんなに自分のやりたいことがすっきりわかって、そのまんま突き進める忍耐と努力がすべての人に備わっているものではない、とつぶやいてみたくなるときもある。
ならば、もう一つ、「かたちがえ」ということを知っていると、不本意に思われる日々が素敵にみえるんじゃないかなと思う。
気学・方位学の中には、最初から求めている方向に行くのではなく、まずはいったん別の方向に行ってから、求めている方向に向かうという「かたちがえ」という論理があるそうだ。
私は今、「表現と人の心」ということに関する仕事に携わって幸せだけれど、ここに至るまでにたどった道筋を考えて見ると、決してまっすぐにここに来たわけではない。
だからといって、まっすぐに来たら良かったかというとそうでもない。
曲がりくねったルートをたどった結果、得られたエネルギーも、今ここにひいてきているんだと思う。
女性ならば、結婚して子供を持ったりして、エネルギーがちりじりばらばらに分散して消えていくように思える時もあるだろう。
ここで「かたちがえ」の発想を使う。
今はエネルギー分散のためだけにあるように思えるルートが、のちのちになって実はエネルギーを入手するルートとなる、ということにしておく。
エネルギーを発散し、分散させながら、実は様々なルートを網の目のように開拓しているんだと思えばよい。
「かたちがえ」ルートの大開拓だ。
そういう意味では、女性の方が男性よりも「かたちがえ」の考え方を基本にモノをとらえると、人生のありように馴染みやすいのではと思う。
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