「根回し」という言葉は伏し目がちに小声でささやかれる。
「関係者への根回しが必要ですね。」
べったり、じめじめと暗い。
もともとの「根回し」は樹木の移植から来た言葉だと、今、テレビを見て知った。
で、
栽培で失敗しないコツというサイトを検索すると、「根回し」について以下のような説明がある。
樹木の移植で重要なのが「根回し」と呼ばれる作業です。既存樹木の移植、長く植え溜めにあった庭木の移植に先立つこと半年から1年前におこなわれます。樹木の移植にあたってもっとも基本的な技術です。根回しとは移植のための下準備作業。細根の発生を促し、移植に耐えられる木にする目的でおこなわれます。
テレビに出ていたおじさんが、ぽつりと、「根がよくないといい木にならない。」
下を向いていたので音声だけ耳に入った。
考え方としては、そうだよね、と軽く思って、顔をあげたら、どきっとした。
ことばを発したおじさんは、細心の注意と愛情、無駄のないステップで、根を見極めるために、根をなで、根を切り、残した根を藁でくるんでいる。
ごめんなさい。
新しいところに樹木を移植するときに、どんなふうに根を切って、どんな根を残すか、つまり、いい木になるための根をどう確保するか、というための目的のための一連の作業が「根回し」なのだ。
ああ、そうか。
目的に合致したプロセスを真摯に追求している人だけが、
「プロセスを追いながら最終形について語ることが許される。」
そして、その言葉は、
「重みをもって人に響く。」
根回し、という言葉、
自分が手を下さないテーマについて、もしくは最終形についてコミットのない分野に「根回し」という言葉を使うのはふさわしくないんだろうな、と思った。
最終形についてコミットせず、自分が手を汚さない作業について根回しなんかをやるから、それはいじいじ隠れたようなずるい風情がつきまとう、のかもしれない。

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