水曜テーマ:①たぶん誰も書かなかった市場調査

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ブログだけをご覧になっている方からはいったい何の仕事をしているのか、と聞かれるので、たまには一部の仕事の話をしようかと思い、私のキャリアのうちかなりの時間を占める市場調査のことを書いてみようかと。

ただし、市場調査のテキストに書いてあるようなことではなく、私がクライアントの立場にたったとき、サービスを提供するものとしての立場にたったとき、それを使って何らかのアクションを考えるという立場にたったとき等、いろいろなスタンスで思ったこと、考えたことを綴る 、というスタイルで始めてみる。一応、毎週水曜更新予定。

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第一話:クライアントとの対話・隠れたテーマについて

何が真実かという問いは厳しいもの。真実っていったい何?というところから入ると迷宮入り。ところが、マーケティングの現場では「このブランドがウケている理由は何がホントのところなの?データは?」みたいな会話がよくあり。調査なんかでホントのところなんかはわかりません。わからないけれど、調査は「それに基づいて判断した方が誤りが少ない・確からしそうなこと」に向かって、数字などの量的データや言語、場合によっては絵なども入る質的データを集めながらアプローチするための方法。調査の教科書を読めばいろいろな方法論があり、各調査会社のサイトを見れば、その会社が「独自」ということにしている各種方法が紹介されてます。ま、テキスト内容や方法はそちらにおまかせするとして、今日は調査がらみの議論でよく出てくるコメントについて。

1)「現状を調査しても、当たり前の結果が出てくるだけでしょ」

2)「その調査結果が正しいとは限らないでしょ」

3)「調査なんかにかけるお金はない」

というようなこと、よく聞きますねえ。

今回はこの3つのコメントに隠れている問題について、がテーマです。

1)「現状を調査しても、当たり前の結果が出てくるだけでしょ」

「はい、多くはその通りです。」とお答えしておきます。お考えの路線でプランすれば、ぱっと見てわかる結果から判断できることは、想定していたことが10だとすれば9はその範囲内でしょう。発見は残りの1より少ないかもしれない。で、次に、

@「当たり前の結果をどう解釈して、そこからどのような解決のためのオプションを考えられましたか。」

当たり前と言い切れるほどわかっているのなら、そこからの解決策(そこにはチャレンジしないというオプションも含め)を考えるステージに進行しているはず。

もし、解決策のオプションが出ていないのなら、問題は「調査」の「あたりまえな結果」によるものではなく、「現状をよく考えていない」ことにあるわけです。

こういう場合、解決策のオプションを作ってから調査にかけてみると、惨憺たる結果だったりします。で、発見は、「あ、こういうことが現状把握に対して必要だとわかっていなかった」となるわけです。問題は現状を切り取る「視点」にあった、と。

現状調査の場合、視点がすべて。

その視点の柔軟性は、現場の人だけが持つことだけでは十分でなく、決裁権やプロジェクトの意志決定権を持つ方の柔軟性が問われている、ということになりますが、視点が柔軟な会社の方は1)のようなことはおっしゃいません。新しいことを考える会社は「現状」を違った視点で見たときの怖さをよくわかっておられるものです。

「はい、多くはその通りです」の次に、上記@の問いは「つきつけ」になり、きつくなりすぎますよね。プライドの高い方からは、出入り禁止にされてしまいます。

まあ穏当には、「現状のとらえ方によって、調査結果はいくらでも変わりますよ、その現状、とはどういう視点でお決めになられたものですか?」

そんな問いから、始めます。

2)「調査結果が正しいとは限らないでしょ」

そうなんです。さまざまな誤差がつきものの調査。抽出法なんていう言葉は死語か?と思うほど。ネットでの調査が広まってから、サンプル誤差の話はよく出てきます。のべつまくなしにやってしまうと、つじつまのあわない結果が出てきて、何が正しいか、調査すればするほどわからない、そんな事象も出てきます。

こういう疑い、重要です。問題は、「正しいと限らない」という起点からどういうアクションを想定するか、です。たとえば、、問題となった調査(サンプル設定、呈示する刺激、質問項目の内容、分析等々)の前提から問う、ならば成果有り。なぜその調査結果が正しいとは思えないのかということについて、さまざまな視点から考察し、マーケットでの再現性の高さを考えつつ別のありようについてのアイデアを作る等々。そんな仕事ばっかりだと楽しいですね。ただ、調査が簡単にできるようになって、調査の基本のキが身についていないので、数はこなしているが、正しさを議論できる方がめっきり減りました。古いやり方の中にあるキホンのキは重要なんですけどね。

実は、このコメントの多くは、コメントする人が期待する結果を調査結果がサポートしなかったときによく出てきます。そんな場合は、「この調査結果が正しかったら大変だから、調査を信じない、よって結果を無視する、以上。」というのがコメントをする方の本音だったりします。逆を言えば、誰よりも調査結果を信じている、とも言えます。なぜなら、「何よりも調査が本当だったときの恐怖」に裏打ちされた合理化ですから。今の商品、開発中のアイデア・製品が否定されると自分自身の信念や存在意義、自分の昇進、○年度の売上計画の根本まで問われてしまうということに耐えられない、という「叫び」がコメントになったものですね。

そういう場合は、どんなに平静を装っていても、「焦りと怒りの叫び」に彩られたコメントをしっかり受け止め、次、どうするか考えます。いや、もうこれは調査の正しさについて言及する問題ではないですね。ビジネスで味わう恐怖にに対する個人のコーチングか、組織としてサポートするプロセスコンサルティングのアプローチが必要です。

3)「調査なんかにかけるお金はない」

本当にお金のない会社は仕方がないのですが、R&Dその他の予算に比して調査関連に割かれる予算が極めて少ない会社はたくさんあります。会社の組織自体、「しらべる」プロセスにお金をかけても評価されない仕組みになっています。経営を司る方々のサクセスストーリーも大いに関係あるでしょう。会社の有り様や、上の方の意図が最もよく表れるコメントです。

ちなみに、テストマーケット、というのもビジネス結果であるとともに、「テスト」ですから調査の一つです。ネットの波及によって、ちょっと売ってみる、というのも随分簡単になりました。テストマーケットの場合、ビジネスの結果=テスト結果が出てくるわけで有効に思えますけれど、「しらべる」というキホンがわからない方はその検証も不十分になりがちでテストの用をなさないことも多い。そりゃそうです。ビジネスの結果の高低に左右されて、冷静かつ客観的な判断ができにくいわけですし、多くの場合、結果しか出てこないですから。そのビジネス結果に至るまでの顧客の動きについての仮説が成熟していなければ、結果は本格的なマーケット参入についての先行指標にしかなりません(もちろん競合がそれに気づいて手を打ってくれば、先行指標という機能さえ崩れますが)。

雲をつかむような顧客の意向と、自らの会社が提供できるもの、その接点を見出すことは、会社の活路を考える上で非常に重要なことですが、なんせ面倒です。一点突破の商品で財をなした会社、追いつけ追い越せで勝ってきた会社、そういう体質の弊害がまだ残っているところもあって、「確からしいことを調べてみる」という基本的なことさえ、まったくその存在価値が認められていない場合も多いのです。

そういう予算はないけれど、「何とかしなくては」とやる気がある会社の方もいらっしゃいます。もちろん、たくさんの予算がなくても、やりくりしてなんとか意味ある形にできる場合もあります。プロジェクトとその後の進め方次第ですが。

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こんなテーマで書いて!というリクエストがあればご遠慮なくどうぞ!(もちろん、私の能力とキャリアでリクエストのすべてにおこたえできないこともありますのでご容赦を)。

コメント(2)

ほとんど、ブログを拝見させていただいております!

上記のブログの文章をどのくらいの時間をかけて
書かれているのかが、非常に興味があり、ついコメントしてしまいました。

頭の中で、駆け巡る言葉をすぐに指先で
打ち込む。
結構ピアノを弾くのと同じ作業だなと。

いつも視点が変わられて、とても楽しく拝見させていただいております。
次も楽しみにさせていただきます。

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