大阪市内に移り住んで5年が過ぎた。
水都大阪と聞いて、あ、そうかしら?
水都大阪ホームページを見て、あ、そうなのね、と思う。
大阪の中心部に川でできたカタカナの「ロ」の字があることをご存知ですか?
大阪市の中心部に位置する、堂島川・土佐堀川・木津川・道頓堀川・東横堀川がロの字型の回廊を作っています。このような水の回廊が都心にあるのは、世界的にも珍しいと言われています。
素敵な見立てだけれども、実感がないんだよな。
これが単なる俯瞰目線だけなら、一つの見立て遊びの提供にしかならない。
見立てが装置として機能するには、俯瞰目線だけではなく、同時に個人の中に取り込まれた内側からの視点になっていることが必要だろう。
そういう視点も加味されてイベントも組まれているようだが。
その視点を獲得した人が、さらにその視点から認識された新たな手がかりを元に自発的に行動し、その視点を含んだ内容を外向けに発信するに至るには、ずいぶんと手間暇がかかることだろう。
イベントだけではすまないよね。
確かに、今、「都」と呼びたい気持ちはわかるが、現実的には、都の風情は地に落ちているわけだし、水と都の関係も現実感覚としてはあまりない。
前の世代にとっては日本の中で中心的な「都」であったかもしれないが、今は単なる地方都市である。
個人的には別に地方都市でもいいんじゃないかと思っている。
東京だって、世界視点でみれば辺境都市の一つなんじゃないの?
対東京、とかいう意識がまだあるとすれば、そんなの本当にくだらないと思う。
相手にするライバルの大きさによって、自分が規定されるわけだし。
「水」と「都」に関するそれぞれのプライドと想いについて、そこに住んでいる人の生活感覚からひもといてみると何が出てくるだろうか。
ヨシモト、タコヤキ、コテコテではない、今ある大阪の「ふつうのひとがもつ」プライドって何だろうかと思う。
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