腑に落ちる

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話したり、書いたり、そしてそんなことを簡単にやりとりできる機械やしくみはたくさんあって、伝えたり、伝えあったりするコミュニケーションの量は増えている。

逆に減っているのは、伝えたり、伝えられたりする内容についての意味を消化する作業。

「腑に落ちる」の「腑」は「はらわた・内蔵」のこと。意味は「納得する」。

この意味を「内容が消化されて、自分の体内にとどまっている感じ」として身体感覚で示したものだろう。

伝える・伝えられるということは、お互いにわかり合うということを目的とし、身体感覚として表現するならば、「腑に落ちる」感じをお互いに共有することができれば成功したことになる。

「伝耕」という会社のロゴには、「耕」の前にレ点がついていて、「耕して伝える」と読んでもらえることをひそかに期待したしかけがある。

同時に、レ点の形を鍬(クワ)になぞらえて「耕す」道具をあらわしている。

それは「伝えようとする内容、伝えられた内容」が腑に落ちるまで、身体感覚を耕す、といったニュアンスも含まれている。

最初、一人で耕しているうちは、何のソリューションらしきものも見えない。

相手も一緒に耕す作業に参加してくれるように働きかけて、それに成功しないと、単に相手は傍観者としてイライラするだけである。

内容という土に鍬を入れ続けて、その作業自体から少しずつ発見が生まれてくることに共感してもらうことがたいせつなのだ。

そう。

とても。

だが、

「耕す」のだから、知的労働というよりも、肉体労働に近い。

つまり、格好は悪いのである。

「スタイリッシュなスーツ」には似合わない。

まあ、だから、

時には手を休めて、

鍬にこびりついた土を洗い流し、おいしそうにお茶を飲む姿を見てもらおう。

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