「としをへたわにのはなし」である。レオポール・ショヴォ原作、山本夏彦訳。
年を歴てリウマチになり、捕食ができなくなった鰐(彼)は、女の曾孫を食ってしまう。
曾孫を食ってしまった咎で、鰐の一族から追い出された鰐の「彼」は蛸の「彼女」に出会う。
蛸の「彼女」は、昼間、そのよく動く足を活用して鰐の「彼」に餌をふんだんにとってくる。
ところが、夜、鰐の「彼」は寝ている蛸の「彼女」の足を食べるのだ。毎晩一本ずつ。
そして、最後には足のなくなった献身的な蛸の「彼女」さえも食べてしまう。
鰐の「彼」はひとりでにがい涙を流すのである。
この話には続きがあるが、興味を持って頂いた方に読んでいただくとして、
蛸の「彼女」の足が最後の一本になったときに、そして、最後の一本の足さえ食ってしまった鰐の「彼」について描写されたくだりを抜き書きしてみる。
「夜になって、蛸が眠ってゐるあひだ、年を歴た鰐の蛸に對する二つの愛の間に、恐しい葛藤が生じた。その高尚な性質と、貞操と、献身と智慧に對する愛と、その足に對する愛との間に。
その夜ふけ、最後の足は消えて失くなつた。」
「また夜中になった。蛸を愛してゐる鰐は、不吉な鰐にかわつた。彼は彼女をたべたくてたまらなくなつた。たうとう我慢しきれなくなつて、食べてしまつた。
哀れな鰐よ!
彼は彼女を、ほんとうにうまいと思つた。
けれども、食べ終わるや否や、にがい涙を流した。
それから、彼は退屈した。たつたひとり、岩の上で。」
「葛藤」と「にがい涙」、そして「退屈」。この3つのことを同時に想っていると、頭がもやもやしてくる。
私の爬虫類脳。
ずっと脳の奥深くに鰐のようにじっと潜んでいる本能に近い私の何かがもやもやして、じっとしていた鰐が身をよじっているようにおもえてくる。
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